こんにちは、池鯉鮒です。
今回は”お金”の話です。
お金と言っても、儲け話ではありません。
お金は”中間段階的な一形態”という内容です。
数値目標のことも少し触れています。
ここで”中間段階的な一形態”という言葉を使っていますが、
”途中の一時的な状態”といったような意味です。
本来のお金の役割ですが、例えば1万円札をイメージしてください。
印刷された1枚の紙です。兌換紙幣と呼ばれています。
つまり、金(ゴールド)と交換できる紙ということです。
考えてみると、お金は物々交換を仲介をする中間段階的な一つの形態ですよね。
ここで"物々交換”と言いましたが、別な言い方をすると
”価値と価値の交換”とも言えます。
もともとは”むかしむかし”の話ですが、狩猟で鹿などの動物を射止めた人がいて、
一方では山で山菜などの植物を採集した人がいて、また他方では海で魚を釣った
人がいる状態を想定してみます。
射止めた鹿の肉、採集した山菜、釣った魚は、それぞれが”価値”です。
物々交換では、鹿の肉と山菜を交換したり、魚と鹿の肉を交換したり、
山菜と魚を交換したりという状況が発生します。
この交換は”等価”という条件で行われます。
例えば鹿の肉と魚と山菜では、その価値が異なります。
同じ1kgの重さで考えた場合、それぞれの価値は違いますよね。
これらの交換すべき物の種類が少ない場合は問題ありませんが、
その種類が増えてくると、等価交換ということが非常に面倒になります。
それで、共通の概念である”お金”が登場します。
”お金”という共通の尺度で、ものの価値を”数値表示”すれば、等価交換は容易です。
同じ金額の物であれば、等価に交換できます。
こうなると物々交換する必要はもうありません。
お金を持ってさえいれば、お金といろいろな物とを交換すればよいからです。
交換すべき物を現場に持っていく必要はありません。
お金を持って行けばよいわけです。
1万円のように高額なものは紙幣が使われますが、
考えようによっては”印刷された紙切れ”ですよね。
お札という紙切れだけでは信用できませんが、兌換紙幣という1万円分の
”金(ゴールド)”と交換できる紙幣、というように決められていて、
それが信用されています。
金(ゴールド)1万円分と等価な”紙切れ”ということで、
いつでも金(ゴールド)と交換できます(できるはずです)。
さてそのお金は、中間段階の一形態ですから、何かの目標物と
交換するためのものです。
あくまで目標があって、そのためにお金が必要になると考えるわけです。
例えばきれいな服を着たいからお金が必要とか、おいしい物を食べたいから
お金が必要、旅行したいからお金が必要、自分の家を持ちたいからお金が必要・・・
のようにです。
本来の目標は、きれいな服を着たい、おいしいものを食べたい、旅行がしたい、
自分の家を持ちたい、ということになりますね。
つまりは”その人が満足を得る”ことが本来の目標ということになりますね。
しかし会社で働いている場合はどうでしょう。
会社の数値目標として、本来”中間段階の一形態”であるお金が
”売り上げ”や”利益”という名称で目標になっています。
これが、どうも違和感があるのです。
中間段階であるお金ではなく、お金の先にある本来の目標があるはずですが、
それが不明確なのです。
普通の会社では「わが社の今年度目標は、売り上げ○○億円、利益△△億円」
のようになっていますが、本来の目標はその先・その向こう側にあるはずですよね。
しかし本来の目標は今年度目標には上がってきません。
それが何年か続くと本来の目標は忘れられて(あるいは本来の目標が意識に
上ることなく)、お金が目標になってしまっていて、社員はそのお金の数値目標に
向かって頑張ります。
しかし誰もそれをおかしいとは思っていません。
おかしいと思わないのがおかしいと私は感じます。
今年度の”本来”の目標は、金額目標(数値目標)の先に何かがあるはずです。
「わが社の今年度の目標は、○○を△△にすることである」というようにです。
さてところで、人間にはその”存在意義”がありますよね。
あなたにも”存在意義”があります。
それは何だと思いますか?
・
・
・
それは”人の役に立つこと”だと思っています。
人の役に立つ人間であれば、人から認めてもらえますよね。
人から求められる人間ということです。
”価値ある人”という言い方もできます。
この人間の存在意義“人の役に立つ”を会社に当てはめて考えてみると、
会社の存在意義は、
”社会の役に立つこと”
になるのだと思います。
”人の役に立つ” と ”社会の役に立つ”は規模が違うだけで、同じことです。
社会は人々によって構成されているので、人々の役に立つことが存在意義であり、
本来の目標と言えます。
その”役に立つ”ですが、どのように役に立つか、その立ちかたは人それぞれ、
会社でもそれぞれなのだと思います。
十人十色という言い方もできます。
その”役に立つ”人は、"役に立って程度”を指標として本来は評価されるべき
なのだと思いますね。
そのような指標は今は存在していませんが、
「ないから金額で評価しているんだ。」という状況になっているのかもしれません。
これに関してはもうちょっとさらなる展開がありますが、また別にアップしたいと思います。
ちょっと尻切れトンボになってしまいましたが、
それではまた。
久留米工業大学
建築・設備工学科
池鯉鮒
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2013年12月18日水曜日
2013年11月18日月曜日
長時間連続使用可能なレーザーポインター
こんにちは、池鯉鮒です。
今回はちょっと趣向を変えて、長時間連続使用可能なレーザーポインターの話です。
私たちはレーザーポインターをよく使用します。
大学の講義や、講習会、学会発表などで説明する場合に、パワーポイントで作成したスライドを、指し示す場合に使っています。
以前は、レーザーポインターと言えば赤色の点を表示するだけの単純なものでしたが、今では点だけでなく、リング状の表示や星印の表示などができるものもあります。
色も赤色だけでなく、緑色、青色、黄色、紫色のものが出ています。
本体の形状では、四角いライター状のようなものやペンタイプのもの、握りやすいエルゴノミクスデザインのものもあります。
その中で四角いライター状のレーザーポインターは、単4電池式で赤色の点表示しかできませんが、3000円くらいで買えるので重宝しています。
さてここで、どのレーザーポインターについても言えることですが、ひとつ問題点があります。
それは、どれも電池式のため長時間の連続使用ができないことです。
よくあるパターンですが、講演会などで使用中にレーザーポインターの表示色が薄くなって見えなくなってしまうということが起こります。
その場合には講演者の人は、「あれ?あれ?どうしたのかな?」といった風で、講演に集中できなくなってしまいますし、しまいには表示が消えてしまって、レーザーポインターなしで講演を進めなければならないという、困った状況も生じます。
新しい電池を入れた別なレーザーポインターを準備している会場もありますが、そうでない場合もあります。
大学の卒業論文発表会などでも、同様な状況がたまに発生します。
それで、電池式ではないレーザーポインターはないかと思って探してみました。
100V電源で駆動するものがあれば、電源コードがつながっているため大きく動き回ることはできませんが、丸一日続くような卒論発表会などでも、電池切れの心配はありません。担当の先生も助かるのではないかと思いました。
調べてみたところ、このレーザーポインターですが電池式のものしかないのです。
レーザーポインターで、100V電源を使用したものはありませんでした。
正しくは「存在し得ない」、別な言い方をすると「製造販売してはいけない」ということなのです。
法律で制限されていることがわかりました。
それで100Vタイプのレーザーポインターは販売されていないわけです。
なければ、自分で作って使ってみようという考えが浮かんできます。
個人的に使うのなら、製造販売していませんから問題はないだろうというわけです。
3VのACアダプタ(あの黒い四角の固まりのようなものに、100Vのコンセントプラグが付いているやつです)があれば、電源として使えます。
余っているACアダプタを使って、電池ボックス部分の電極につなぎ、100Vコンセントから電源を取れるレーザーポインターを作りました。これを卒論発表会の時に学生に使ってもらいました。
学生は卒論の発表で緊張しているため、レーザーポインターが電池切れの心配なく快適に使用できていることなど意識していなかったでしょうが、発表会が終わるまで新品電池を使ったかのような、クリアな表示が続いていました。
自分の講義などでも使っておりましたが、やはりコードがつながっているため少し煩わしさがあるのは否めません。講義の場合は1コマ90分ですから、電池でも十分です。
それで今では充電式のニッケル水素電池を使っています。
講義前にフル充電していれば、快適に使用できます。
ただやはり、半日や1日に及ぶ使用の場合では、100V電源タイプがほしいところですが、必要な場合は今のところ自作するしか手がないようです(自作は個人の責任でお願いします)。
それではまた。
久留米工業大学
建築設備工学科
池鯉鮒 悟
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今回はちょっと趣向を変えて、長時間連続使用可能なレーザーポインターの話です。
私たちはレーザーポインターをよく使用します。
大学の講義や、講習会、学会発表などで説明する場合に、パワーポイントで作成したスライドを、指し示す場合に使っています。
以前は、レーザーポインターと言えば赤色の点を表示するだけの単純なものでしたが、今では点だけでなく、リング状の表示や星印の表示などができるものもあります。
色も赤色だけでなく、緑色、青色、黄色、紫色のものが出ています。
本体の形状では、四角いライター状のようなものやペンタイプのもの、握りやすいエルゴノミクスデザインのものもあります。
その中で四角いライター状のレーザーポインターは、単4電池式で赤色の点表示しかできませんが、3000円くらいで買えるので重宝しています。
さてここで、どのレーザーポインターについても言えることですが、ひとつ問題点があります。
それは、どれも電池式のため長時間の連続使用ができないことです。
よくあるパターンですが、講演会などで使用中にレーザーポインターの表示色が薄くなって見えなくなってしまうということが起こります。
その場合には講演者の人は、「あれ?あれ?どうしたのかな?」といった風で、講演に集中できなくなってしまいますし、しまいには表示が消えてしまって、レーザーポインターなしで講演を進めなければならないという、困った状況も生じます。
新しい電池を入れた別なレーザーポインターを準備している会場もありますが、そうでない場合もあります。
大学の卒業論文発表会などでも、同様な状況がたまに発生します。
それで、電池式ではないレーザーポインターはないかと思って探してみました。
100V電源で駆動するものがあれば、電源コードがつながっているため大きく動き回ることはできませんが、丸一日続くような卒論発表会などでも、電池切れの心配はありません。担当の先生も助かるのではないかと思いました。
調べてみたところ、このレーザーポインターですが電池式のものしかないのです。
レーザーポインターで、100V電源を使用したものはありませんでした。
正しくは「存在し得ない」、別な言い方をすると「製造販売してはいけない」ということなのです。
法律で制限されていることがわかりました。
それで100Vタイプのレーザーポインターは販売されていないわけです。
なければ、自分で作って使ってみようという考えが浮かんできます。
個人的に使うのなら、製造販売していませんから問題はないだろうというわけです。
3VのACアダプタ(あの黒い四角の固まりのようなものに、100Vのコンセントプラグが付いているやつです)があれば、電源として使えます。
余っているACアダプタを使って、電池ボックス部分の電極につなぎ、100Vコンセントから電源を取れるレーザーポインターを作りました。これを卒論発表会の時に学生に使ってもらいました。
学生は卒論の発表で緊張しているため、レーザーポインターが電池切れの心配なく快適に使用できていることなど意識していなかったでしょうが、発表会が終わるまで新品電池を使ったかのような、クリアな表示が続いていました。
自分の講義などでも使っておりましたが、やはりコードがつながっているため少し煩わしさがあるのは否めません。講義の場合は1コマ90分ですから、電池でも十分です。
それで今では充電式のニッケル水素電池を使っています。
講義前にフル充電していれば、快適に使用できます。
ただやはり、半日や1日に及ぶ使用の場合では、100V電源タイプがほしいところですが、必要な場合は今のところ自作するしか手がないようです(自作は個人の責任でお願いします)。
それではまた。
久留米工業大学
建築設備工学科
池鯉鮒 悟
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2013年11月1日金曜日
秩序と調和
こんにちは、池鯉鮒です。
1ヶ月ほど空いてしまいましたが、今回は「秩序と調和」です。
「秩序と調和」って、ちょっと硬い抽象的なイメージがありますでしょうか?
何のことを言っているんだと思われるかもしれませんが、少し読み進めていただければ感じてもらえると思います。
「秩序と調和」に対して、割と対極に位置する概念で「自由と平等」というものがあります。
「自由」と「平等」は実のところ、それぞれ相容れない概念だと思います。
例えば個人個人が自由に振舞うと、個人の集まりである集団や組織の中では平等は生まれません。「個人」を「組織」に、「組織」を「国」に広げて考えてみても同じことが言えます。
「自由」は競争原理に通じますので、自然に勝者と敗者が生まれ、そこには格差が発生します。現代の自由主義社会では、簡単に言えば勝者である”富める者”と、敗者である”貧しき者”という二極化のパターンを生み出します。
実際にそうなっていますよね。
機会は平等にあると言われますが、そうでもありません。
例えば病気になって治療を受けようとした場合に、お金を持っている人は十分な治療が受けられますが、そうでない人は受けられません。
例えばアメリカでは、風邪を引いた場合には病院に行かずに、ドラッグストアで風邪薬を買って自力で直すのだそうです。それは日本のような健康保険制度がなく(全くないわけではなく、民間の保険制度はあるそうです)、治療費が高額であるということがその理由です。
風邪くらいの軽い病気ならそれでいいのですが、重大な病気の場合はそうはいきません。自力で直すことはできません。治療のためのお金を準備できない場合には、命に関わる事態に陥ってしまいます。お金がないと、治療の機会も得られず生命の安全もままならないわけです。
「平等」という部分でもう少し付け加えますと、何でも平等にすればよいというわけではありません。
一例として男性と女性という性の違いがあります。一般的には男性と女性では筋力に違いがありますよね。仕事について言えば、物を運搬するような力仕事は女性には向いていないと思います
(と言っても中には弱っちい男性や、逆にパワフルな女性もいますので一概には言えませんが・・・。草食系男子や肉食系女子なんていう言葉も流行りました。)
向き不向きがあるという意味です。
平等ではないから差別であるということではなく、いわゆる「適材適所」ということです。
その適材適所になっている状態は、不平等なのではなく、秩序立っているという言い方ができます。
すべてが平坦ということではなく、凹があって凸もあってという状態です。速いがあって遅いもある、高いがあって低いもある、強いがあって弱いもある、といった状態です。
人それぞれ個性がありますね。以前の「二種類の人々」ブログでも書きましたが、十人十色です。それぞれに違った意見があるわけですから、それを調整するのが当たり前で、いままで調整できてきたし、これからもできるでしょう。
秩序と言えば、2011年3月11日に発生した東日本大震災では多くの尊い人命が失われ、大きな悲しみと混乱に見舞われました。水や食料の配給に、被災した人々がきちんと列を作って並んでいる姿がニュースで放映されました。これが世界に放映されたときに、絶賛されましたよね。日本人はすばらしいと。
それはなぜか。
私たち日本人は「秩序と調和」を機軸とした民族であるからに他なりません。
これは別な見方をすると、「みんながやっているから、他の人がやっているから自分もやる。」といった表現で言われますが、これは周囲とのつながりや全体のまとまりを無意識のうちに意識しているからです(無意識のうちに意識?ちょっと変な表現ですが・・・)。このつながりやまとまりこそが、全体的な調和・ハーモニーということになるわけです。
サラリーマンはよく「うちの会社」という言い方をしますね。
考え方によってはサラリーマンというと、会社と個人が雇用契約をしているだけの関係ですが、その人にとって会社は「うち」なのです。
ですから会社の同僚は「家族」に等しいということもできます。
まあ実際の家族と同じとはいきませんが、同じ会社の仲間という意識はありますね。ですから「うちの会社」と言えるほどに、会社としてのまとまりがあります。社員がその意識を強く持っている会社は、「全社一丸となって・・・」という意識が強く、いろいろなことが発展的に動いていきます。
このような意識が「和」です。
調和の和ですね。「なごみ」とも読みます。まさに「和風」の「和」です。
聖徳太子は(私たちの時代には実在の人物として習いましたが、今の歴史の教科書では実在しなかったということになっているようです)、十七条の憲法で「和をもって貴(とうと)しと成し・・・」と言いました。みんな学校で習いましたね。知らない人はいないくらいに、この部分はよく知られています。聖徳太子のこの教えは、結構意識の奥深くに残っているのではないでしょうか。
「自由と平等」は「エントロピーの増大した結果」を表しているとも言えます。拡散して平坦になった状態です。秩序立っていた状態から秩序がなくなり、高低があって調和していたものが平坦になっている状態といえます。
この状態はどうでしょうか。ここちよい状態と言えるでしょうか?
違うと思います。
やはり、高低があり大小があり、広い狭いがあって、全体に調和している状態がよいのだと思います。のぺっとした平地でない、起伏があって調和している状態です。日本庭園などは、その考え方がわかりやすく具現化されたものだと思いますが、そう感じませんか?
結論ですが、日本人は「秩序と調和」という原理を心の中の軸として持っています。そういった”日本的特質”というか”日本的感性”を生かした、秩序と調和を中心に据えた社会が、これからの理想の社会ではないかと思っています。
グローバルスタンダードといって、何でもかんでも世界の(これは主に欧米のですが)基軸を中心にする必要はないと思います。「秩序と調和」という美しくすばらしい概念を持った日本ですから、それを生かしたほうが、よりよい社会、さらに進んだ社会になると思いませんか?
この「秩序と調和」こそが来るべき未来社会の基軸となるだろうと私は考えています。
昔の日本家屋は鍵なんていうものは付いていませんでした。だからといって泥棒が頻発していたかというとそうではありません。ニューヨーク大停電の際には、スーパーや店舗で窓が壊されて、いたるところで盗みが発生しました。日本で停電が起きた場合、こんな状態になりますか? なりませんよね。
どちらがよりよい社会、より進んだ未来社会と言えるのでしょう。
明らかですね。
話がちょっと飛び飛びになってしまいましたが、
それではまた。
久留米工業大学
建築・設備工学科
池鯉鮒
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2013年9月27日金曜日
変化したくない症候群
こんにちは、池鯉鮒です。
今回は「変化したくない症候群」です。
人間の性質のことを表しています。
一般に人間は変化することを好みません。安定を好みます。
中には変化を好む人もいるにはいますが、それは極々わずかです。
変化しないということは、停滞を意味します。
進化発展がありません。
例えば、「この仕事はこんな手順に変えたほうが効率的だ。」ということがわかっていても、なかなか変わらないですよね。
企業では改善提案などを実施して、よかった提案を取り入れ、それによって業務改善を進めていきますが、それでもなかなか変わりません。
変化はドラスティックなほうが面白いと思うのですが、そう大きな変化は生じません。
それは、人々が変化を好まないからです。
変化することを提唱する人がいても、圧倒的多数の変化を好まない人々が抵抗勢力となって、提唱した意見はつぶされてしまいます。中には、提唱した人までつぶされてしまうことだってあります。
そんなことをする抵抗勢力の人たちは悪人なのでしょうか。
違います。
人間的にはまともで、よい人たちなのです。
ただし、変化することに対しては、かたくなに抵抗するのです。
この変化を好まない理由の一つは、”変化する”ことによって、今までと違う内容や、違う手順で仕事などを進めることになるため、”不安”を抱くということにあります。人によっては、その”不安”は”恐怖”という域に達している場合もあるかもしれません。
誰でも、何か初めてのことをやる場合には、不安や恐怖という感情を抱きますよね? それと同じです。変化するということは、初めてのことをやるのと同じで、不安や恐怖が伴います。
不安という程度なら割と簡単に乗り越えられるでしょうが、恐怖となるとそう簡単ではないでしょうね。
そうなると、その不安や恐怖のために、その人は意識せずに抵抗勢力になってしまうわけです。それが恐怖であった場合には、超強力な抵抗勢力となってしまうでしょう。
変化を好まないもう一つの理由は、「心理的な慣性の法則」と言われているものです。
人間は”今までと同じ事を同じように”やりたいのです。
なぜでしょうか?
・
・
・
(重要なポイントなのですが、)
それは考えなくてよいからです。
自分の頭で考えるのが大変だからです。
言われたことを言われたようにやっているほうが楽です。
状況が変化した場合には、あれやこれや自分の頭で考えなくてはいけません。
今までのように手慣れた手順で、あまり考えずに進めることはできません。
その”自分の頭で考える”ということを、無意識のうちに避けているわけです。
自分の頭で考えることをやっていないと、
世の中で”当たり前だ”と言われていることが本当に当たり前かどうか、
世の中で”正しい”と言われていることが本当に正しいかどうか、
世の中で”これしかない”と言われていることが、本当にそれしかないのか、
等を判断できなくなってしまいます。
それは”危ない”です。
この”変化すること”は、意識しておかないとついつい”同じ事を同じように繰り返す”日常に埋没して流されてしまいますから、気をつけたほうがよいです。
現在、順風満帆であれば問題はありません。
同じように同じことを繰り返していれば、しばらくはうまくいきます。
しかし、それは永遠に続くということではありません。
どのかの段階で、必ず変化が必要になります。
あなたの周りを見回してみてください。
「変化したくない症候群」の人がたくさんいませんか?
変化したくない人が大多数の組織は、なかなか変われません。
ただし、組織が変化できなくても、あなたが意識していれば、
あなたは変化できます。
それではまた。
久留米工業大学
建築・設備工学科
池鯉鮒悟
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今回は「変化したくない症候群」です。
人間の性質のことを表しています。
一般に人間は変化することを好みません。安定を好みます。
中には変化を好む人もいるにはいますが、それは極々わずかです。
変化しないということは、停滞を意味します。
進化発展がありません。
例えば、「この仕事はこんな手順に変えたほうが効率的だ。」ということがわかっていても、なかなか変わらないですよね。
企業では改善提案などを実施して、よかった提案を取り入れ、それによって業務改善を進めていきますが、それでもなかなか変わりません。
変化はドラスティックなほうが面白いと思うのですが、そう大きな変化は生じません。
それは、人々が変化を好まないからです。
変化することを提唱する人がいても、圧倒的多数の変化を好まない人々が抵抗勢力となって、提唱した意見はつぶされてしまいます。中には、提唱した人までつぶされてしまうことだってあります。
そんなことをする抵抗勢力の人たちは悪人なのでしょうか。
違います。
人間的にはまともで、よい人たちなのです。
ただし、変化することに対しては、かたくなに抵抗するのです。
この変化を好まない理由の一つは、”変化する”ことによって、今までと違う内容や、違う手順で仕事などを進めることになるため、”不安”を抱くということにあります。人によっては、その”不安”は”恐怖”という域に達している場合もあるかもしれません。
誰でも、何か初めてのことをやる場合には、不安や恐怖という感情を抱きますよね? それと同じです。変化するということは、初めてのことをやるのと同じで、不安や恐怖が伴います。
不安という程度なら割と簡単に乗り越えられるでしょうが、恐怖となるとそう簡単ではないでしょうね。
そうなると、その不安や恐怖のために、その人は意識せずに抵抗勢力になってしまうわけです。それが恐怖であった場合には、超強力な抵抗勢力となってしまうでしょう。
変化を好まないもう一つの理由は、「心理的な慣性の法則」と言われているものです。
人間は”今までと同じ事を同じように”やりたいのです。
なぜでしょうか?
・
・
・
(重要なポイントなのですが、)
それは考えなくてよいからです。
自分の頭で考えるのが大変だからです。
言われたことを言われたようにやっているほうが楽です。
状況が変化した場合には、あれやこれや自分の頭で考えなくてはいけません。
今までのように手慣れた手順で、あまり考えずに進めることはできません。
その”自分の頭で考える”ということを、無意識のうちに避けているわけです。
自分の頭で考えることをやっていないと、
世の中で”当たり前だ”と言われていることが本当に当たり前かどうか、
世の中で”正しい”と言われていることが本当に正しいかどうか、
世の中で”これしかない”と言われていることが、本当にそれしかないのか、
等を判断できなくなってしまいます。
それは”危ない”です。
この”変化すること”は、意識しておかないとついつい”同じ事を同じように繰り返す”日常に埋没して流されてしまいますから、気をつけたほうがよいです。
現在、順風満帆であれば問題はありません。
同じように同じことを繰り返していれば、しばらくはうまくいきます。
しかし、それは永遠に続くということではありません。
どのかの段階で、必ず変化が必要になります。
あなたの周りを見回してみてください。
「変化したくない症候群」の人がたくさんいませんか?
変化したくない人が大多数の組織は、なかなか変われません。
ただし、組織が変化できなくても、あなたが意識していれば、
あなたは変化できます。
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2013年9月19日木曜日
自己表現のススメ
こんにちは、池鯉鮒です。
今回は、「自己表現のススメ」です。
”自己表現”というと、どんなイメージを持ちますか?
自分を表現する・主張する、他の人に自分をわかってもらう、コミュニケーション、絵画などのアーティスティックな表現、等々を思い浮かべられることでしょう。
以前に「将来的人間社会のパターン」ブログで、人間は将来的に”創造的な仕事・活動をするようになる”ということを書きました。マシンにはマネのできないこと、人間でなければできないこと、それが創造的な仕事・活動という位置づけです。
その創造的仕事や創造的活動を行う上で、人は”自分を表現する”必要が出てきます。いずれそのような必要性が生じてきます。
そのために”自己表現ができるようになっておきましょう”というのが今回のテーマです。
元々、小学生くらいの年齢になっていれば自己表現はできます。
学校の授業で習いますが、作文や書写、図画工作、音楽などです。
自己表現する方法をいろいろ習っていますね。
その中で、国語で習う「作文(文章作成)」に着目してみましょう。
まずは、”文章”を書く以前に、”文字”を読み書きする段階があります。
文字を読み書きできなければ、文章は書けませんからね。
この文字を読み書きすることができる割合を”識字率”と言います。
15歳以上の人口に対する、日常生活の簡単な内容についての読み書きができる人口の割合として定義され、国ごとの値が出ています。
日本の識字率は99%以上で非常に高いです。先進国では、アメリカ、ロシア、イギリス、フランスなどの先進国でも99%以上になっていて、同様です。
ところで識字率は、基礎教育の浸透状態を表す指標とされています。識字率が高ければ、基礎教育がちゃんとなされていると言えるわけです。
「文字を読み書き」できる日本では、「文章を読む」ことができるのは当たり前と考えられるでしょう。しかし文章を読むのは、単に字面を読むのではなく、書かれていることを「読み取る」ということがポイントです。
字面を読むのは簡単です。文字を読んでいけばよいだけですから。
”心ここにあらず”の状態で読んでいくことも可能です。
しかし「読み取る」となると、そう簡単ではないですよね。
その文章を書いた作者の意図や心の機微を理解し、さらにはその文章を読むことで自分が何を得たのか、などに意識を向けると、ただ文字を読むのではなく「読み取る」または「感じ取る」ことが大変であることがわかるとい思います。
まずは、文章を読む際に、この「読み取る」・「感じ取る」ことを意識して読むとよいですね。「読み取る」・「感じ取る」を意識するだけで”脳が活性化”します。
その次の段階が「文章を書く」という部分です。
文章作成です。
もう亡くなられましたが、伝説の灘校国語教師の橋本武先生を知っていますか?
学びの中に遊びを取り入れ、遊びの中に学びを見い出すような授業をされていた伝説の先生です。( 「銀の匙」授業で有名です。本も書かれていますから、詳細はネット検索してみてください。)
その橋本先生の著書「一生役立つ学ぶ力」によると、”書けば書くほど国語の総合力はアップする”ということが書かれています。
そして生前のテレビインタビューでは 「文章を書くためには、あれやこれや考えるでしょう。それがいいんです。」ということを話されていました。
つまり、「あれやこれや自分の頭で考える」ということが、重要だということです。
これは脳科学者の茂木健一郎さんの言われる「アハ体験」にも共通していますね。
アハ体験というのは、何かひらめいたり、何かが突然わかったような場合に、英語で”a-ha”という表現をすることから、そのような体験をアハ体験というそうです。
テレビでもよくやっていますが、アハムービーといって、一部が徐々に変化している映像を見て、どこが変化しているかを当てるというものですが、徐々に変化しているためになかなかわかりにくいですよね。
でも、それがわかったときに、「ああ、わかった! a-ha!」ということになります。
茂木さんが言われるには「答えがわからなくても、答えを考えている状態が脳にいいんです。」ということでした。
結局、脳が一生懸命働いているという状態がよいということです。
私もこのブログを書く際にはあれやこれや考えていますので、”脳を鍛えている”と言えるのかもしれません。
この”あれやこれや考える”ですが、文章を読むときよりも文章を書くときのほうが、圧倒的に”あれやこれや考える”割合が大きいです。自分の頭であーでもないこうでもないと考えないと文章は書けないですから。
普通は、誰もが自分の頭で考えることをしたがりません。
自分の頭で考えることは面倒で大変だし、人に教えてもらったり指示してもらったほうがとても楽だからです。しかし、人に教えてもらったり指示してもらうということでは、新しい発想は生まれないし、さらに進んだ技術的イノベーションなどは起こりようがありません。
ブレークスルー的な発展は望めないということです。
ですので”文章を書きましょう”とお勧めしているわけです。
文章を書くことで、あれやこれや考える状況を作る出せるのです。
つまりは、脳が鍛えられるということです。
この文章作成ですが、脳によいというだけでなく、実利も大きいですね。
大学4年生で言えば、いかに人柄がよく元気があっても、就職の際の履歴書がうまく書けていないと、企業の人事担当者からの評価は低くなります。書類選考の段階で落とされてしまいます。
この文章表現は、小学校~高校まで長い間、国語で習ってきています。
習ってきているのになかなかうまく書けないのは、自分で何かを表現したいと思って(簡単に言えば自己表現です)、自主的に書いていないからだと思います。
”やらされ感”でやっても、うまく身につかないということです。
課題だから、宿題だからということでやってもなかなか身につきませんよね。
自分で何かを表現したければ、うまく表現できる方法をいろいろと工夫します。
ですから、自分で何かを表現することをやったほうがよいのです。
ここでテーマにしているのは文章作成による自己表現です。
詩を書いたり小説を書いたりするのは難しいにしても、現代はネット社会になり、”個人”が”世界”に対して情報を発信できるようになっています。一昔前とは、まったく環境が変わってきています。
自分自身のホームページやブログを作って、意見や体験などを発信してみてください。
やりやすいのは、自分の得意分野、趣味の領域でしょう。
得意分野や趣味の領域なら、他の人たちよりはその分野については知識や経験がより多くあるわけですから、語ることができる内容も多いはずですね。
”ホームページを作ろう”、や”ブログを始めよう”といった内容の本もたくさん出ていますから、参考にされるとよいと思います。
私のこのブログのように、考えたこと・思ったことを発信してみるとよいですよ。
書けば書くほど、いろいろと書きたい内容が発生してきますから。
その際にぶつかるのが、”文章作成”の壁ですね。
書きたい漠然とした”ネタ”はあるのに、なかなか筆が進まないという状況です。
宣伝になりますが、
そこで役に立つ文章作成テクニックを公開したのが「キーワード構築法-らくらく文章作成術-」という本です。参考にしてみてください。株式会社ブクログのパブーという電子書籍プラットフォームに出しています。電子書籍なので、ネットからダウンロードするPDF等のデータになります。
全体で100ページに満たない枚数ですから、本というよりは「キーワード構築法」という文章作成テクニックについての取扱説明書やマニュアルといった感じです。よかったら読んでみてください。
ちなみに、私のブログの文章もキーワード構築法を使って書いています。
私はキーワード構築法を何十年も前から使っていますので、キーワードから始めずに、いきなり短文から入っていく場合が多いですが・・・。
それではまた。
久留米工業大学
建築・設備工学科
池鯉鮒 悟
【PR:キーワード構築法ーらくらく文章作成術ー】
自己紹介や報告書などの文章が書けない。文章が膨らまない。
筆が進まないという人に、とっておきの文章作成法です。
学校では教えてくれない文章作成術
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今回は、「自己表現のススメ」です。
”自己表現”というと、どんなイメージを持ちますか?
自分を表現する・主張する、他の人に自分をわかってもらう、コミュニケーション、絵画などのアーティスティックな表現、等々を思い浮かべられることでしょう。
以前に「将来的人間社会のパターン」ブログで、人間は将来的に”創造的な仕事・活動をするようになる”ということを書きました。マシンにはマネのできないこと、人間でなければできないこと、それが創造的な仕事・活動という位置づけです。
その創造的仕事や創造的活動を行う上で、人は”自分を表現する”必要が出てきます。いずれそのような必要性が生じてきます。
そのために”自己表現ができるようになっておきましょう”というのが今回のテーマです。
元々、小学生くらいの年齢になっていれば自己表現はできます。
学校の授業で習いますが、作文や書写、図画工作、音楽などです。
自己表現する方法をいろいろ習っていますね。
その中で、国語で習う「作文(文章作成)」に着目してみましょう。
まずは、”文章”を書く以前に、”文字”を読み書きする段階があります。
文字を読み書きできなければ、文章は書けませんからね。
この文字を読み書きすることができる割合を”識字率”と言います。
15歳以上の人口に対する、日常生活の簡単な内容についての読み書きができる人口の割合として定義され、国ごとの値が出ています。
日本の識字率は99%以上で非常に高いです。先進国では、アメリカ、ロシア、イギリス、フランスなどの先進国でも99%以上になっていて、同様です。
ところで識字率は、基礎教育の浸透状態を表す指標とされています。識字率が高ければ、基礎教育がちゃんとなされていると言えるわけです。
「文字を読み書き」できる日本では、「文章を読む」ことができるのは当たり前と考えられるでしょう。しかし文章を読むのは、単に字面を読むのではなく、書かれていることを「読み取る」ということがポイントです。
字面を読むのは簡単です。文字を読んでいけばよいだけですから。
”心ここにあらず”の状態で読んでいくことも可能です。
しかし「読み取る」となると、そう簡単ではないですよね。
その文章を書いた作者の意図や心の機微を理解し、さらにはその文章を読むことで自分が何を得たのか、などに意識を向けると、ただ文字を読むのではなく「読み取る」または「感じ取る」ことが大変であることがわかるとい思います。
まずは、文章を読む際に、この「読み取る」・「感じ取る」ことを意識して読むとよいですね。「読み取る」・「感じ取る」を意識するだけで”脳が活性化”します。
その次の段階が「文章を書く」という部分です。
文章作成です。
もう亡くなられましたが、伝説の灘校国語教師の橋本武先生を知っていますか?
学びの中に遊びを取り入れ、遊びの中に学びを見い出すような授業をされていた伝説の先生です。( 「銀の匙」授業で有名です。本も書かれていますから、詳細はネット検索してみてください。)
その橋本先生の著書「一生役立つ学ぶ力」によると、”書けば書くほど国語の総合力はアップする”ということが書かれています。
そして生前のテレビインタビューでは 「文章を書くためには、あれやこれや考えるでしょう。それがいいんです。」ということを話されていました。
つまり、「あれやこれや自分の頭で考える」ということが、重要だということです。
これは脳科学者の茂木健一郎さんの言われる「アハ体験」にも共通していますね。
アハ体験というのは、何かひらめいたり、何かが突然わかったような場合に、英語で”a-ha”という表現をすることから、そのような体験をアハ体験というそうです。
テレビでもよくやっていますが、アハムービーといって、一部が徐々に変化している映像を見て、どこが変化しているかを当てるというものですが、徐々に変化しているためになかなかわかりにくいですよね。
でも、それがわかったときに、「ああ、わかった! a-ha!」ということになります。
茂木さんが言われるには「答えがわからなくても、答えを考えている状態が脳にいいんです。」ということでした。
結局、脳が一生懸命働いているという状態がよいということです。
私もこのブログを書く際にはあれやこれや考えていますので、”脳を鍛えている”と言えるのかもしれません。
この”あれやこれや考える”ですが、文章を読むときよりも文章を書くときのほうが、圧倒的に”あれやこれや考える”割合が大きいです。自分の頭であーでもないこうでもないと考えないと文章は書けないですから。
普通は、誰もが自分の頭で考えることをしたがりません。
自分の頭で考えることは面倒で大変だし、人に教えてもらったり指示してもらったほうがとても楽だからです。しかし、人に教えてもらったり指示してもらうということでは、新しい発想は生まれないし、さらに進んだ技術的イノベーションなどは起こりようがありません。
ブレークスルー的な発展は望めないということです。
ですので”文章を書きましょう”とお勧めしているわけです。
文章を書くことで、あれやこれや考える状況を作る出せるのです。
つまりは、脳が鍛えられるということです。
この文章作成ですが、脳によいというだけでなく、実利も大きいですね。
大学4年生で言えば、いかに人柄がよく元気があっても、就職の際の履歴書がうまく書けていないと、企業の人事担当者からの評価は低くなります。書類選考の段階で落とされてしまいます。
この文章表現は、小学校~高校まで長い間、国語で習ってきています。
習ってきているのになかなかうまく書けないのは、自分で何かを表現したいと思って(簡単に言えば自己表現です)、自主的に書いていないからだと思います。
”やらされ感”でやっても、うまく身につかないということです。
課題だから、宿題だからということでやってもなかなか身につきませんよね。
自分で何かを表現したければ、うまく表現できる方法をいろいろと工夫します。
ですから、自分で何かを表現することをやったほうがよいのです。
ここでテーマにしているのは文章作成による自己表現です。
詩を書いたり小説を書いたりするのは難しいにしても、現代はネット社会になり、”個人”が”世界”に対して情報を発信できるようになっています。一昔前とは、まったく環境が変わってきています。
自分自身のホームページやブログを作って、意見や体験などを発信してみてください。
やりやすいのは、自分の得意分野、趣味の領域でしょう。
得意分野や趣味の領域なら、他の人たちよりはその分野については知識や経験がより多くあるわけですから、語ることができる内容も多いはずですね。
”ホームページを作ろう”、や”ブログを始めよう”といった内容の本もたくさん出ていますから、参考にされるとよいと思います。
私のこのブログのように、考えたこと・思ったことを発信してみるとよいですよ。
書けば書くほど、いろいろと書きたい内容が発生してきますから。
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それではまた。
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建築・設備工学科
池鯉鮒 悟
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2013年9月10日火曜日
イソギンチャク的研究状態
こんにちは、池鯉鮒です。
今回は「イソギンチャク的研究状態」です。
イソギンチャクの研究ではありません。
さて、世界でも日本でも、研究に関わっている”研究者”と呼ばれる人はたくさんいます。
大学の教授や、国の研究機関の研究員、企業の研究開発部門の研究員などです。
それで、それぞれの研究者にはそれぞれ専門の研究分野があります。
例えば私は工学部に所属しており、建築設備工学・建築環境工学が専門ということになります。
理系で考えると、工学部では、機械、電気、建築、土木など、他に農学部では農業、生物、環境資源、生態、獣医など、理学部では、数学、物理学、化学、生物、地学など多岐に渡っています。
そして各専門分野は細分化され、それぞれに深く掘り下げられています。
ただ問題もあります。それぞれの分野が連携していないことです。
それぞれの分野は深く掘り下げられていて、その分野においては非常に知識や経験が豊富です。
がしかし、多くの場合は専門以外の分野についてはほとんど知らない(一般大衆的)と言っても過言ではありません。専門バカなどという言い方で言われますが、その表現はある意味”的を得て”います。
そのため、いろいろな分野にまたがって研究を進める際には、横断プロジェクトとして、いろいろな分野の研究者が集まって研究を進めるプロジェクトが発生しますが、新しい成果を生み出すのは至難の技ではありません。
異分野の研究者が集まった場合、全体を束ねる(オーケストラの指揮者のような)リーダーが必要ですが、そのリーダーが難しいわけです。
オーケストラを考えるとわかりやすいですが、オーケストラの指揮者は各楽器ひとつひとつの音を聞き分けられます。ひとつの楽器でも間違った音を出すと、それがわかります。ひとつひとつを聞いて、全体をまとめているわけです。7人の言うことを同時に聞き分けられたという聖徳太子以上ですね。
それでプロジェクトのリーダーには、中心となる研究者がなりますが、その研究者は異分野の研究内容に対して全てを理解しているというわけではありません。オーケストラの指揮者のようにプロジェクトに関わる全ての分野に精通しているリーダーが理想ですが、そういう人はなかなかいません。
ですから、リーダーは自分の専門分野の研究者に対しては研究の中身について助言・アドバイスはできますが、異分野の研究に対しては中身にはタッチできないのです。
そうすると、オーケストラの指揮者のようには全体をまとめるのが難しくなってしまいます。本来、「異分野と異分野の接触」が新しい発想や概念を生み出す原動力となるのですが、なかなかうまくいっていないのが現状です。
それではどうすればよいのでしょう。
それは、指揮者を介して異分野同士をつなぐ方法ではなく、それぞれの研究者がいろいろな異分野へ触手を伸ばしていくほうが簡単だと思っています。
異分野と言っても、まったくの異分野は難しいかもしれませんが、自分の専門分野と異分野との境界領域あたりには、研究の触手を伸ばせるのではないかと思います。その異分野も一つではなく複数の異分野に対してです。
その際、軸足は元々の専門分野においておきます。軸足がないと“根無し草”になってしまいます。軸足となる元の専門分野は深く掘り下げ、複数の触手は異分野を浅く掘り下げるといったイメージです。
軸足の専門分野は、岩に固着するイソギンチャクの体壁・足盤に当たります。いろいろな異分野を浅く扱っているのが、イソギンチャクの触手に相当しています。基本は軸足の専門分野の研究で深く掘り下げ、しかし複数の異分野の研究もやっている状態です。これが「イソギンチャク的研究」の状態です。
多くの研究者がこのようなスタイルで研究を進めるとどうなるでしょうか。
イメージで言えば、ある分野の研究テーマにいろんなイソギンチャクから多くの触手が伸びてきて、複雑に絡み合っている状態ですね。触手と触手が絡み合って、全体を網羅しているような状態です。
外から見たら、あの人(研究者)は専門分野は何だったっけ?というくらいに、いろいろやっている状態です。
異分野と異分野の接触が、いろいろなところで発生している状態ともいえます。
世の中の研究者の多くがこの「イソギンチャク的研究」状態になったときには、おそらく技術的な諸問題の多くが解決できるようになっているのだと思います。
大きなイノベーションがいくつも起きて来ているのではないかと思います。
21世紀の後半にはそうなっていることを期待したいですね。
それではまた。
久留米工業大学
建築・設備工学科
池鯉鮒
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2013年9月9日月曜日
キーワード構築法の告知
こんにちは、池鯉鮒です。
今回は、「キーワード構築法 -らくらく文章作成術-」という電子書籍を
出版しましたので、その告知です。
“文章が書けない”、“文章が膨らまない”という人のための本です。「キーワード構築法」という今までにない簡単な文章作成手法をマスターすることによって、楽に文章を書き、文章を膨らませることができるようになります。
キーワード構築法の詳細は下記のリンクからどうぞ。
↓
http://chirifulab.web.fc2.com/keywordLP.pdf
表紙イメージ
それではまた。
久留米工業大学
建築・設備工学科
池鯉鮒
今回は、「キーワード構築法 -らくらく文章作成術-」という電子書籍を
出版しましたので、その告知です。
“文章が書けない”、“文章が膨らまない”という人のための本です。「キーワード構築法」という今までにない簡単な文章作成手法をマスターすることによって、楽に文章を書き、文章を膨らませることができるようになります。
キーワード構築法の詳細は下記のリンクからどうぞ。
↓
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それではまた。
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池鯉鮒
2013年8月30日金曜日
続・2種類の人々
こんにちは、池鯉鮒です。
お盆休みと猛暑・酷暑・炎暑による夏バテで、しばらくブログを
アップしていませんでしたが、やっと少し涼しくなってきたので
(といってもまだまだ暑いですが)、ブログ再開します。
今回は「続・2種類の人々」です。
「2種類の人々」の続編になります。
今回の2種類の人々は、食べ物に関する話です。
あなたはパック容器入りの味噌やマーガリン・バターなどを使う場合に、
どのように使っていきますか?
端のほうや表面から徐々に削っていくように使いますか?
それとも、無作為にランダムにバターナイフやスプーンで穴を掘るように
使っていきますか?
味噌やマーガリン・バターを使う時のパターンで、2種類の人々が存在します。
前者はきれいな塊で残っていきますが、後者の場合は見た目がボコボコです。
どちらでも使うのに変わらないから問題ないじゃないか、と思うかもしれません。
使った分は変わらないと思いますが、残っている分が変わってきます。
これは表面積が関係しています。
表面がボコボコのほうは、空気に触れる部分の表面積が大きくなっています。
一度に全部使い切ってしまわない場合がほとんどだと思いますので、
空気に触れている部分は空気中の酸素によって酸化して、
変色したり風味が落ちるなど劣化してしまいます。
好気性の雑菌も発生しやすくなります。
袋入りの食品に入っている保存用の「脱酸素剤」は、空気中の酸素を吸収して
食品の劣化や雑菌の繁殖を防ぐ働きをしています。
ちなみにこの脱酸素剤ですが、袋から出して空気に触れると温かくなります。
使い捨てカイロと同じ中身だからです。
なので使い捨てカイロも脱酸素剤として使用できます。
(ただし、大きすぎて邪魔ではありますが・・・。)
話がそれましたが、この2種類のパターンでは、端のほうから少しずつ削るように
使っていくほうがよいようです。
ちなみに私は前者です。
さてもう一つ2種類の人々の話しがあります。
混ぜる人と混ぜない人です。
例えば、カレーライスを食べることを考えてみましょう。
ファミリーレストランなどでは、ごはんの上半分にカレーが掛かっていたり、
カレーだけ別な“アラジンの魔法のランプ”的な容器に入っていて、自分で
ごはんの上にかけたりするパターンと色々ですが、
食べる際にごはんとカレーを混ぜて食べるか、カレーをかけた状態で
混ぜないで食べるかです。
結局は口の中に入れば混ざってしまうので同じですが、
口に入れるまでの過程の話です。
私は混ぜない派ですが、息子は混ぜる派で、ごはんとカレーを混ぜてから食べています。
カレーとごはんを混ぜると見た目がどうも「ぐじゃぐじゃ」で、気持ちが悪いのですが、
それが気になる・気にならないは、人によりますね。
カレーだけではなく、上にルウなどをかけて食べるものは同じ状況になります。
ハヤシライスもそうですし、その他ふりかけもそうです。
フルーツソースのかかったヨーグルトなどもそうです。
ヨーグルトなどは、白いヨーグルトに濃い紫色のブルーベリーソースなどが
かかったものを混ぜると、最初はマーブル状になってとてもよい感じですが、
そのうち薄紫のような食欲をそそらない妙な色になってしまいます。
納豆もそれに含まれるかもしれません。
醤油をかけて混ぜて糸引いて泡立って・・・というほどに混ぜて食べる人もいます。
私などは納豆はあまり好きではありませんので(と言っても小学生の頃は好きで
たくさん食べていました)、あのぬるぬる部分が増えないように、できるだけもとの
形を崩さないように混ぜないで食べます。
混ぜる混ぜないは好きずきで、どちらでもよさそうですが、実際には空気と
よく混ざるか混ざらないかということになるため、熱的には変わってきます。
混ぜると熱いものは冷めるし、冷たいものは温くなります。
熱的に変わってくると、味にも影響が出るかもしれません。
酸化による劣化もあり得ますが、すぐに食べてしまうので問題ないでしょう。
私は混ぜることによる味の違いは全く感じられません・・・(鈍感か?)。
混ぜる話では別な話題もありますが、それは後ほどにしたいと思います。
それではまた。
久留米工業大学
建築・設備工学科
池鯉鮒
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お盆休みと猛暑・酷暑・炎暑による夏バテで、しばらくブログを
アップしていませんでしたが、やっと少し涼しくなってきたので
(といってもまだまだ暑いですが)、ブログ再開します。
今回は「続・2種類の人々」です。
「2種類の人々」の続編になります。
今回の2種類の人々は、食べ物に関する話です。
あなたはパック容器入りの味噌やマーガリン・バターなどを使う場合に、
どのように使っていきますか?
端のほうや表面から徐々に削っていくように使いますか?
それとも、無作為にランダムにバターナイフやスプーンで穴を掘るように
使っていきますか?
味噌やマーガリン・バターを使う時のパターンで、2種類の人々が存在します。
前者はきれいな塊で残っていきますが、後者の場合は見た目がボコボコです。
どちらでも使うのに変わらないから問題ないじゃないか、と思うかもしれません。
使った分は変わらないと思いますが、残っている分が変わってきます。
これは表面積が関係しています。
表面がボコボコのほうは、空気に触れる部分の表面積が大きくなっています。
一度に全部使い切ってしまわない場合がほとんどだと思いますので、
空気に触れている部分は空気中の酸素によって酸化して、
変色したり風味が落ちるなど劣化してしまいます。
好気性の雑菌も発生しやすくなります。
袋入りの食品に入っている保存用の「脱酸素剤」は、空気中の酸素を吸収して
食品の劣化や雑菌の繁殖を防ぐ働きをしています。
ちなみにこの脱酸素剤ですが、袋から出して空気に触れると温かくなります。
使い捨てカイロと同じ中身だからです。
なので使い捨てカイロも脱酸素剤として使用できます。
(ただし、大きすぎて邪魔ではありますが・・・。)
話がそれましたが、この2種類のパターンでは、端のほうから少しずつ削るように
使っていくほうがよいようです。
ちなみに私は前者です。
さてもう一つ2種類の人々の話しがあります。
混ぜる人と混ぜない人です。
例えば、カレーライスを食べることを考えてみましょう。
ファミリーレストランなどでは、ごはんの上半分にカレーが掛かっていたり、
カレーだけ別な“アラジンの魔法のランプ”的な容器に入っていて、自分で
ごはんの上にかけたりするパターンと色々ですが、
食べる際にごはんとカレーを混ぜて食べるか、カレーをかけた状態で
混ぜないで食べるかです。
結局は口の中に入れば混ざってしまうので同じですが、
口に入れるまでの過程の話です。
私は混ぜない派ですが、息子は混ぜる派で、ごはんとカレーを混ぜてから食べています。
カレーとごはんを混ぜると見た目がどうも「ぐじゃぐじゃ」で、気持ちが悪いのですが、
それが気になる・気にならないは、人によりますね。
カレーだけではなく、上にルウなどをかけて食べるものは同じ状況になります。
ハヤシライスもそうですし、その他ふりかけもそうです。
フルーツソースのかかったヨーグルトなどもそうです。
ヨーグルトなどは、白いヨーグルトに濃い紫色のブルーベリーソースなどが
かかったものを混ぜると、最初はマーブル状になってとてもよい感じですが、
そのうち薄紫のような食欲をそそらない妙な色になってしまいます。
納豆もそれに含まれるかもしれません。
醤油をかけて混ぜて糸引いて泡立って・・・というほどに混ぜて食べる人もいます。
私などは納豆はあまり好きではありませんので(と言っても小学生の頃は好きで
たくさん食べていました)、あのぬるぬる部分が増えないように、できるだけもとの
形を崩さないように混ぜないで食べます。
混ぜる混ぜないは好きずきで、どちらでもよさそうですが、実際には空気と
よく混ざるか混ざらないかということになるため、熱的には変わってきます。
混ぜると熱いものは冷めるし、冷たいものは温くなります。
熱的に変わってくると、味にも影響が出るかもしれません。
酸化による劣化もあり得ますが、すぐに食べてしまうので問題ないでしょう。
私は混ぜることによる味の違いは全く感じられません・・・(鈍感か?)。
混ぜる話では別な話題もありますが、それは後ほどにしたいと思います。
それではまた。
久留米工業大学
建築・設備工学科
池鯉鮒
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2013年7月30日火曜日
教育に足りないもの
こんにちは、池鯉鮒です。
今回は「教育に足りないもの」です。
今現在、平成25年(2013年)の7月末です。
今月の参院選では原発か反原発かが争点となっていました。
選挙で自民党が圧勝しましたから、原子力発電が推進されることになるのでしょう。
エネルギー問題はずっと継続的に議論されてきています。
自然エネルギーか燃焼系の化石燃料か原子力か、ということです。
自然エネルギーは現状ではエネルギー全体の数%しか賄えません。
エネルギー源としては、これらの選択枝しかないということなのでしょうが、
やはり圧倒的アイデア不足、発想力の不足という感じがしています。
アイデア力、発想力、創造力、考案や工夫する力といってもよいでしょう。
以降はまとめてアイデア力や発想力と表現します。
アイデア力・発想力は重要だと思いますか?
それとも、「アイデア力などは必要ない。言われたことをやってればいい。」と思いますか?
質問をすると、100%の人が「アイデア力・発想力は重要だ。」という答えを返してくれるでしょう。後者の「アイデア力などは必要ない。言われたことをやってればいい。」という表現は、言い方を変えると単に“コキ使われる人”ですよね。
ところで企業はどのような人材を求めているのでしょうか。
企業が求めるのも「創造性豊かな人」です。
そうしないと、企業は伸びないからです。
「新しい商品や技術を生み出し、それを販売してお金を稼ぐ」のが企業です。
他社と同じようなことをやっていては、その企業の売り上げは伸びません。
このように企業も求め、また一般的にも万人が重要だと認める「アイデア力・発想力」ですが、例えば「アイデアの出し方」など学校の授業で習ったことがありますか?
例えば大学で「発想力演習」などのような科目はありましたか?
ありません。
“ほとんど習っていない”ではななく、“まったく習っていない” というのが実情です。
私もまったく習ったことがありません。
しかも習っていないのに、それが求められるのです。
困ってしまいませんか?
例えば、ピアノを習っていないのに、ピアノを弾くことが求められているようなものですね。結構難しいというより、ほとんど無理という感じです。
このアイデア力・発想力は、問題解決力に直にリンクしています。
また、新しい価値を生み出す力にも直にリンクしています。
ですから、企業が求めるのです。
あなたのまわりにも、友達や同僚等でアイデア力・発想力のある人が1人くらいはいませんか?いわゆる“アイデアマン”と呼ばれる人です。
そういう人は(いつもとは限りませんが)いろいろな物事を良い方向へ持っていくためのアイデアを、出したりしますよね?
このアイデア力の育成ですが、小学校や中学校のカリキュラムに取り入れたと仮定してみましょう。例えば“アイデアの出し方”というような週1コマの授業です。
もちろん高校や大学でやっていいのですが、やはり小さい頃が肝心です。
最初の頃の私のブログ「理系待望論」で多くの技術者が必要だと書きました。
母数を増やさないと、すぐれた技術は出てこないという意味なのですが、
すぐれた技術を出すにはもう一つ、技術者の質を上げるという方法もあります。
その場合に非常に重要なのが“アイデア力・発想力”です。
小学生のころから授業で習ってこの“アイデア力・発想力”を身につけた世代の人々が、
一挙に、そしてその後継続的に社会に出てきた場合を考えてみましょう。
どうなると思います?
先ほどの“アイデアマン”が、あなたのまわりに1人ではなく、9人も10人もいるような状態です。大きな組織では数十人、数百人になったりするかもしれません。
社会が“がらっと”変わりますね。
コペルニクス的転回がいくつも起こります。
まさに(古い言い方かもしれませんが)「新人類社会」といった社会ができると思います。
技術面のみならず、政治経済、教育、その他のさまざまな分野の仕組みが変わるでしょう。今は思いもよらないような発想が数多く出てきて、いろいろな物事が解決できるようになるでしょう。
エネルギー問題もしかりです。
今なら、原発か反原発かといったような選択枝しかありませんが、アイデア力を身につけた新人類社会ではこれ以外にもいくつも選択枝が出てきて、最適な選択肢が選ばれて実行されると思います。
今後の教育、それも特に義務教育段階で必要なことは、「アイデア力・発想力」を養うためのカリキュラムだと思います。
資源のない日本では人が資源ですから、その人が何も生み出さない「ただのコキ使われる人」であっては非常にもったいないのです。何らかの価値を生み出す創造的な人材として活用されるべきだと思います。
そうすれば、技術立国という面だけでなく、政治経済や教育、福祉その他いろいろな分野での、“総合立国”が可能になるのではないでしょうか。
つまり、“日本が世界のお手本となる”状況が実現できるのだと思います。
願わくは、文部科学省の義務教育に関する検討で(どのような場面で検討されるのかはわかりませんが)、このような意見を取り入れてもらえれば、と思っています。
それではまた。
久留米工業大学
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池鯉鮒
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今回は「教育に足りないもの」です。
今現在、平成25年(2013年)の7月末です。
今月の参院選では原発か反原発かが争点となっていました。
選挙で自民党が圧勝しましたから、原子力発電が推進されることになるのでしょう。
エネルギー問題はずっと継続的に議論されてきています。
自然エネルギーか燃焼系の化石燃料か原子力か、ということです。
自然エネルギーは現状ではエネルギー全体の数%しか賄えません。
エネルギー源としては、これらの選択枝しかないということなのでしょうが、
やはり圧倒的アイデア不足、発想力の不足という感じがしています。
アイデア力、発想力、創造力、考案や工夫する力といってもよいでしょう。
以降はまとめてアイデア力や発想力と表現します。
アイデア力・発想力は重要だと思いますか?
それとも、「アイデア力などは必要ない。言われたことをやってればいい。」と思いますか?
質問をすると、100%の人が「アイデア力・発想力は重要だ。」という答えを返してくれるでしょう。後者の「アイデア力などは必要ない。言われたことをやってればいい。」という表現は、言い方を変えると単に“コキ使われる人”ですよね。
ところで企業はどのような人材を求めているのでしょうか。
企業が求めるのも「創造性豊かな人」です。
そうしないと、企業は伸びないからです。
「新しい商品や技術を生み出し、それを販売してお金を稼ぐ」のが企業です。
他社と同じようなことをやっていては、その企業の売り上げは伸びません。
このように企業も求め、また一般的にも万人が重要だと認める「アイデア力・発想力」ですが、例えば「アイデアの出し方」など学校の授業で習ったことがありますか?
例えば大学で「発想力演習」などのような科目はありましたか?
ありません。
“ほとんど習っていない”ではななく、“まったく習っていない” というのが実情です。
私もまったく習ったことがありません。
しかも習っていないのに、それが求められるのです。
困ってしまいませんか?
例えば、ピアノを習っていないのに、ピアノを弾くことが求められているようなものですね。結構難しいというより、ほとんど無理という感じです。
このアイデア力・発想力は、問題解決力に直にリンクしています。
また、新しい価値を生み出す力にも直にリンクしています。
ですから、企業が求めるのです。
あなたのまわりにも、友達や同僚等でアイデア力・発想力のある人が1人くらいはいませんか?いわゆる“アイデアマン”と呼ばれる人です。
そういう人は(いつもとは限りませんが)いろいろな物事を良い方向へ持っていくためのアイデアを、出したりしますよね?
このアイデア力の育成ですが、小学校や中学校のカリキュラムに取り入れたと仮定してみましょう。例えば“アイデアの出し方”というような週1コマの授業です。
もちろん高校や大学でやっていいのですが、やはり小さい頃が肝心です。
最初の頃の私のブログ「理系待望論」で多くの技術者が必要だと書きました。
母数を増やさないと、すぐれた技術は出てこないという意味なのですが、
すぐれた技術を出すにはもう一つ、技術者の質を上げるという方法もあります。
その場合に非常に重要なのが“アイデア力・発想力”です。
小学生のころから授業で習ってこの“アイデア力・発想力”を身につけた世代の人々が、
一挙に、そしてその後継続的に社会に出てきた場合を考えてみましょう。
どうなると思います?
先ほどの“アイデアマン”が、あなたのまわりに1人ではなく、9人も10人もいるような状態です。大きな組織では数十人、数百人になったりするかもしれません。
社会が“がらっと”変わりますね。
コペルニクス的転回がいくつも起こります。
まさに(古い言い方かもしれませんが)「新人類社会」といった社会ができると思います。
技術面のみならず、政治経済、教育、その他のさまざまな分野の仕組みが変わるでしょう。今は思いもよらないような発想が数多く出てきて、いろいろな物事が解決できるようになるでしょう。
エネルギー問題もしかりです。
今なら、原発か反原発かといったような選択枝しかありませんが、アイデア力を身につけた新人類社会ではこれ以外にもいくつも選択枝が出てきて、最適な選択肢が選ばれて実行されると思います。
今後の教育、それも特に義務教育段階で必要なことは、「アイデア力・発想力」を養うためのカリキュラムだと思います。
資源のない日本では人が資源ですから、その人が何も生み出さない「ただのコキ使われる人」であっては非常にもったいないのです。何らかの価値を生み出す創造的な人材として活用されるべきだと思います。
そうすれば、技術立国という面だけでなく、政治経済や教育、福祉その他いろいろな分野での、“総合立国”が可能になるのではないでしょうか。
つまり、“日本が世界のお手本となる”状況が実現できるのだと思います。
願わくは、文部科学省の義務教育に関する検討で(どのような場面で検討されるのかはわかりませんが)、このような意見を取り入れてもらえれば、と思っています。
それではまた。
久留米工業大学
建築・設備工学科
池鯉鮒
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2013年7月16日火曜日
アースランド
こんにちは、池鯉鮒です。
今回は”アースランド”のお話です。
”アースランド”は遊園地です。
有名な遊園地で”ディズニーランド”がありますが、ディズニーランドにはウェスタンランドやアドベンチャーランド、トゥーンタウンようにいろいろなエリアや街があります。そしてそこには多くの”キャスト”が働いています。訪れる観光客もたくさんいます。
”アースランド”の場合は、エリアや街の呼び名はディズニーランドとは違っています。
アメリカやヨーロッパ、アジア、オーストラリア、アフリカなどのエリアがあります。それぞれのエリアはまた細かく分かれていて、カントリーと呼ばれています。ロシアやアメリカ、中国という超巨大カントリーもあれば、日本という小さな島カントリーもあります。
カントリー同士で仲のよいところもあれば、仲の悪いところもあります。
それぞれのカントリーは、そこで働いているキャストによって運営されています。
そしてそれぞれのカントリーは、そこにいるキャストによって独特なカラーを出しています・・・・。
とっくにバレバレですが、この”アースランド”は世界のこと(地球のこと)を表しています。
そこにいる70億の人々はそれぞれのカントリーで、いろいろなキャストとして働き、
日々を過ごしています。
昔は”人生劇場”や”人生航路”という言い方をしていました。
人によっていろいろな役割を演じていますから、人生劇におけるキャスト(配役)というわけです。そしていろいろな状況が展開していきます。
この状況は航路にもたとえられます。
順風満帆で船出したものの、途中で羅針盤が壊れて航路を見失ったり、嵐に遭遇して沈没しかかったり、その後天気が回復して羅針盤も修理して、なんとか予定航路に戻ったり、という具合です。
苦あれば楽あり、七転び八起き、情けは人のためならず、袖振りあうも他生の縁、バランスの法則、等々いろいろ言われています。
各”キャスト”ごとに、その時期においてそれぞれ期待される役割や、その存在意義があります。
自分の存在意義や今何をやるべきか、といったことを考える上で、日常に埋没しいていると、なかなか全体を見渡せないという状況に陥ってしまいます。
それを俯瞰する方法のひとつが、”アースランド”という考え方です。
宇宙から地球を眺めている感じでしょうか。
あなたも何かのキャストを演じているわけですね。
何年か前に”ゆでガエル現象”が話題になりました。
熱いお湯にカエルを放り込むと、熱いので飛び出して逃げてしまって無事ですが、鍋に水を張ってカエルを入れ、じわじわと加熱していくと、カエルが気が付かないうちに、徐々に温度が上がっていって、熱いと気がつくころには”すでに遅し”で、ゆで上がってしまっているというお話です。
つまりじわじわと周りが変化しているのに気が付かず、変化に乗り遅れてしまっていることを指します。周囲が変化してきているのに、変化に対応せずに(または対応できずに)相変わらず同じ事を繰り返している状況のことです。
今は(特別に今に限ったことではありませんが)、世界と日本の情勢やその変化を見ておく必要がありますので、”アースランド”という見方で、空間的にも時間的にも、全体とあなた自身(マクロからミクロ)を俯瞰してみてはいかがでしょうか。
それではまた。
久留米工業大学
建築・設備工学科
池鯉鮒
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今回は”アースランド”のお話です。
”アースランド”は遊園地です。
有名な遊園地で”ディズニーランド”がありますが、ディズニーランドにはウェスタンランドやアドベンチャーランド、トゥーンタウンようにいろいろなエリアや街があります。そしてそこには多くの”キャスト”が働いています。訪れる観光客もたくさんいます。
”アースランド”の場合は、エリアや街の呼び名はディズニーランドとは違っています。
アメリカやヨーロッパ、アジア、オーストラリア、アフリカなどのエリアがあります。それぞれのエリアはまた細かく分かれていて、カントリーと呼ばれています。ロシアやアメリカ、中国という超巨大カントリーもあれば、日本という小さな島カントリーもあります。
カントリー同士で仲のよいところもあれば、仲の悪いところもあります。
それぞれのカントリーは、そこで働いているキャストによって運営されています。
そしてそれぞれのカントリーは、そこにいるキャストによって独特なカラーを出しています・・・・。
とっくにバレバレですが、この”アースランド”は世界のこと(地球のこと)を表しています。
そこにいる70億の人々はそれぞれのカントリーで、いろいろなキャストとして働き、
日々を過ごしています。
昔は”人生劇場”や”人生航路”という言い方をしていました。
人によっていろいろな役割を演じていますから、人生劇におけるキャスト(配役)というわけです。そしていろいろな状況が展開していきます。
この状況は航路にもたとえられます。
順風満帆で船出したものの、途中で羅針盤が壊れて航路を見失ったり、嵐に遭遇して沈没しかかったり、その後天気が回復して羅針盤も修理して、なんとか予定航路に戻ったり、という具合です。
苦あれば楽あり、七転び八起き、情けは人のためならず、袖振りあうも他生の縁、バランスの法則、等々いろいろ言われています。
各”キャスト”ごとに、その時期においてそれぞれ期待される役割や、その存在意義があります。
自分の存在意義や今何をやるべきか、といったことを考える上で、日常に埋没しいていると、なかなか全体を見渡せないという状況に陥ってしまいます。
それを俯瞰する方法のひとつが、”アースランド”という考え方です。
宇宙から地球を眺めている感じでしょうか。
あなたも何かのキャストを演じているわけですね。
何年か前に”ゆでガエル現象”が話題になりました。
熱いお湯にカエルを放り込むと、熱いので飛び出して逃げてしまって無事ですが、鍋に水を張ってカエルを入れ、じわじわと加熱していくと、カエルが気が付かないうちに、徐々に温度が上がっていって、熱いと気がつくころには”すでに遅し”で、ゆで上がってしまっているというお話です。
つまりじわじわと周りが変化しているのに気が付かず、変化に乗り遅れてしまっていることを指します。周囲が変化してきているのに、変化に対応せずに(または対応できずに)相変わらず同じ事を繰り返している状況のことです。
今は(特別に今に限ったことではありませんが)、世界と日本の情勢やその変化を見ておく必要がありますので、”アースランド”という見方で、空間的にも時間的にも、全体とあなた自身(マクロからミクロ)を俯瞰してみてはいかがでしょうか。
それではまた。
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2013年7月9日火曜日
ふしぎな牛肉
こんにちは。
池鯉鮒です。
さてずっと以前から不思議に思っていたことがありました。
その疑問が数年前にやっと解決したのですが、それは牛肉についての話です。
牛は草食動物です。肉や魚などの動物系タンパク質は食べません。
一時期BSEが流行ったときに、牛に”肉骨粉”を食べさせて飼育していたことが話題になりました。牛の共食いをさせていたわけです。元々草しか食べない牛にです。
人間で言えば「食人」でしょう。
利益追求のなせる技なのでしょうが、自然界のシステムをねじ曲げているようで、いただけませんね。
さて話を戻します。
牛は草しか食べないのに、牛肉はなぜタンパク質豊富なのでしょうか?
いつも大豆などの豆類を大量に食べているなら、植物性タンパク質を摂っていることになりますから、”タンパク質豊富”もうなずけます。
でも牛が食べているのは牧場に生えている牧草です。イネ科を中心とした植物です。マメ科の植物も含まれますが、豆をたくさん食べているのならもいっしょ食べて植物性タンパク質を補給していることもあり得ます。ただ牛が豆ばかり食べているという話も聞きません。
実際のところ、草食の動物は牛だけではありません。
ゾウやサイ、カバ、ゴリラなど、他にもありますが、筋肉の固まりのような動物がたくさんいますよね。
これらの動物が草だけで、なぜタンパク質の肉体を維持できているのかが不思議でした。
何年か前に見ていたTV番組で(何のTV番組だったか忘れてしまいましたが)その話題が取り上げられていて、その番組を見てやっと疑問が解消しました。
その番組では、パプアニューギニアの人たちが取り上げられていました。
その人たちは、いつもイモばかり食べているということでした。
ここで話題にしている肉や魚などの動物系タンパク質はほとんど食べていません。
また豆類などの植物系タンパク質をたくさん摂っているということでもありませんでした。
文字通りイモばっかり食べているのに、みんな筋骨隆々としているのです。
番組ではお医者さんの協力のもとで調査したところ、原因が明らかとなりました。
原因は腸内の細菌でした。
腸内の細菌のバランスが、普通の人と異なっていたのです。
タンパク質合成菌が主になっていて、そのタンパク質合成菌が腸内でタンパク質を合成し、そのタンパク質を腸から吸収することで、筋骨隆々の体を作っていたのです。
牛などの草食動物も同じことが起きているという話だったと思います。
そして驚くことに、腸内の細菌のバランスをタンパク質合成菌サイドにもっていくのは、日本人でも可能ということでした。タンパク質を摂らない生活をしていると、3~4ヶ月程度でパプアニューギニアの人たちと同じ腸内細菌のバランスになるそうです。
タンパク質を合成できるようになるということでした。
たった3~4ヶ月でです。
いわゆるベジタリアンという人たちも、このような腸内細菌のバランスになっているのかもしれません。
ということは、私たちは牛や豚などの動物を、飼育した上で殺して食べなくても、問題なく生きていける能力を持っているということになりますね。
そういう能力を持っているのに使わないのは宝の持ち腐れ状態とも言えます。
”グルメ”といった観点からは、肉を食べない生活はつまらないかもしれません。肉を食べるのなら、同類であるほ乳類を食べなくても、遠い系統の鳥類やは虫類の肉にするとか、魚介類を食べるとか、にすればよいのではないかという気がします。
日本の古い時代の遺跡には”貝塚”というものが残っていて、魚介類をよく食べていたことがわかっています。やはり日本人はこのパターンではないでしょうかね。西欧から肉を主食とした食文化が入ってきて、肉を食べるのは当たり前になっていますが、ちょっと違うかも・・・という気がします。
牛や豚などを育てるには、多くの飼料と多くの水が必要です。
それを植物を育てるのに使えば、かなり大量の植物系の食料を生産できます。
食糧生産の方法としては効率的と言えます。
すると、世界の飢餓地域を救えるかもしれません。
また、そう遠くない将来に食料難や水不足がやってくると考えられていますが、それまでに食料生産のシステムを検討しておく必要がありそうです。
それではまた。
久留米工業大学
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池鯉鮒
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池鯉鮒です。
さてずっと以前から不思議に思っていたことがありました。
その疑問が数年前にやっと解決したのですが、それは牛肉についての話です。
牛は草食動物です。肉や魚などの動物系タンパク質は食べません。
一時期BSEが流行ったときに、牛に”肉骨粉”を食べさせて飼育していたことが話題になりました。牛の共食いをさせていたわけです。元々草しか食べない牛にです。
人間で言えば「食人」でしょう。
利益追求のなせる技なのでしょうが、自然界のシステムをねじ曲げているようで、いただけませんね。
さて話を戻します。
牛は草しか食べないのに、牛肉はなぜタンパク質豊富なのでしょうか?
いつも大豆などの豆類を大量に食べているなら、植物性タンパク質を摂っていることになりますから、”タンパク質豊富”もうなずけます。
でも牛が食べているのは牧場に生えている牧草です。イネ科を中心とした植物です。マメ科の植物も含まれますが、豆をたくさん食べているのならもいっしょ食べて植物性タンパク質を補給していることもあり得ます。ただ牛が豆ばかり食べているという話も聞きません。
実際のところ、草食の動物は牛だけではありません。
ゾウやサイ、カバ、ゴリラなど、他にもありますが、筋肉の固まりのような動物がたくさんいますよね。
これらの動物が草だけで、なぜタンパク質の肉体を維持できているのかが不思議でした。
何年か前に見ていたTV番組で(何のTV番組だったか忘れてしまいましたが)その話題が取り上げられていて、その番組を見てやっと疑問が解消しました。
その番組では、パプアニューギニアの人たちが取り上げられていました。
その人たちは、いつもイモばかり食べているということでした。
ここで話題にしている肉や魚などの動物系タンパク質はほとんど食べていません。
また豆類などの植物系タンパク質をたくさん摂っているということでもありませんでした。
文字通りイモばっかり食べているのに、みんな筋骨隆々としているのです。
番組ではお医者さんの協力のもとで調査したところ、原因が明らかとなりました。
原因は腸内の細菌でした。
腸内の細菌のバランスが、普通の人と異なっていたのです。
タンパク質合成菌が主になっていて、そのタンパク質合成菌が腸内でタンパク質を合成し、そのタンパク質を腸から吸収することで、筋骨隆々の体を作っていたのです。
牛などの草食動物も同じことが起きているという話だったと思います。
そして驚くことに、腸内の細菌のバランスをタンパク質合成菌サイドにもっていくのは、日本人でも可能ということでした。タンパク質を摂らない生活をしていると、3~4ヶ月程度でパプアニューギニアの人たちと同じ腸内細菌のバランスになるそうです。
タンパク質を合成できるようになるということでした。
たった3~4ヶ月でです。
いわゆるベジタリアンという人たちも、このような腸内細菌のバランスになっているのかもしれません。
ということは、私たちは牛や豚などの動物を、飼育した上で殺して食べなくても、問題なく生きていける能力を持っているということになりますね。
そういう能力を持っているのに使わないのは宝の持ち腐れ状態とも言えます。
”グルメ”といった観点からは、肉を食べない生活はつまらないかもしれません。肉を食べるのなら、同類であるほ乳類を食べなくても、遠い系統の鳥類やは虫類の肉にするとか、魚介類を食べるとか、にすればよいのではないかという気がします。
日本の古い時代の遺跡には”貝塚”というものが残っていて、魚介類をよく食べていたことがわかっています。やはり日本人はこのパターンではないでしょうかね。西欧から肉を主食とした食文化が入ってきて、肉を食べるのは当たり前になっていますが、ちょっと違うかも・・・という気がします。
牛や豚などを育てるには、多くの飼料と多くの水が必要です。
それを植物を育てるのに使えば、かなり大量の植物系の食料を生産できます。
食糧生産の方法としては効率的と言えます。
すると、世界の飢餓地域を救えるかもしれません。
また、そう遠くない将来に食料難や水不足がやってくると考えられていますが、それまでに食料生産のシステムを検討しておく必要がありそうです。
それではまた。
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2013年6月20日木曜日
びっくり電池
こんにちは、池鯉鮒です。
今回は電池の話です。
私は50代で結構長く生きているわけですが、最近(ここ1年くらいの間に)電池に関してびっくりしたことが3つもありました。
1つ目はこうです。
ポータブル照度計という明るさを測る測定器があります。建築環境分野ではポピュラーな機器で、室内の照度(明るさ)を測定する時に使います。単三電池2本で動作するタイプで、液晶表示窓に照度が[200lx]のようにデジタル表示されるようになっています(lxはルクスと読みますが照度の単位です)。
その照度計を誤って落としてしまいました。1mくらいの高さからコンクリートの床に落ちたわけです。幸い、割れたりへこんだりはありませんでしたが、液晶表示が出なくなってしまいました。
落とすと電池ボックスから電池がはずれてしまって、接触不良の状態になってしまうということがよくありますので、裏ブタを開けて電池を確認してみましたが、はずれている様子はありません。
その電池を一度はずして入れ直してみましたが、表示は出ません。スイッチをON-OFFしてみても、変化はありませんでした。
液晶パネルと基板の回路の接続は、基板の電極に液晶パネルが押し当てられることで接触して電気が流れるようになっています。ですから落ちた衝撃でその接触が不良になったのではないかと思いました。それで、裏蓋を開けて基板と液晶パネルの接触部分を確認してみましたが、問題はなさそうでした。液晶パネルを強めに押し付けたりしてみましたが、何ら変化ありません。
ということは回路内の部品が壊れたに違いありません。
もうだめだなと思って、裏蓋を元に戻して少しの間、机に置いておきました。しょうがないから電池だけ別な用途に使おうと考えて、照度計に入っていた電池を取り出してLEDライトに入れました。それでLEDライトのスイッチをONしてみましたがLEDライトは点灯しません。
「どういうこと???」 と思いました。
少し前まで(床に落とすまでは)ポータブル照度計で使用していた電池で、照度計はちゃんと動作していたのです。電池を取り出して、テスターで当たってみると、なんと2本のうちの1本は電圧が出ていません。もう1本は1.5Vの電圧ですが、1本は0Vでした。
なんということでしょう。落とした衝撃で1本の電池は電圧が0Vになってしまったのです。電池が壊れたということです。
「電池は落とすと壊れるの???」と思いました。今まで電池そのものや電池を入れた機器など何度も落としたことがありますが、落とした衝撃で電池が壊れたのはこれが初めてです。びっくりしました。電池も落とすとその衝撃でこわれることがあるんですね。
2つ目はこうです。
家内から「電池式のミニ扇風機が回らなくなったからちょっと見て。」と言われて、ミニ扇風機を渡されました。スイッチを入れると少し回転しようとするのですが回転しません。スイッチをON-OFFすると、そのたびに”ぴくっ”と動いていましたが、しまいには動かなくなりました。
それで「なーんだ電池がなくなっただけだな。」と思って、2~3日前に買っておいた新品の単三電池4本を、ビニールフィルムを剥いて入れました。しかし、スイッチをONしてもピクリともしません。電池を取ったり入れたりしてみましたがだめです。
ミニ扇風機が壊れたのかなと思って、扇風機を分解してみました。電池ボックスからスイッチやモータにつながっているコードは問題ありません。ハンダ付けもバッチリのようでした。
次にモータそのものがおかしくなったのかと考えて、(そこまでやる必要があるのかどうかは別問題ですが)モータを分解してみました。ブラシ部分の接触が問題かと思いましたが、きちんと接触していて問題はないようです。
仕方なく再度組み立てて、電池を入れてスイッチONしてみましたが、ピクりともしません。
たまたまそのミニ扇風機は電池だけでなく、パソコンなどのUSB端子に接続しても使えるタイプだったので、パソコンにつないでみたところ、なんと回りだしたではありませんか。全く問題なさそうです。
「どういうこと???」 と思いました。今までの努力は何だったのでしょう。
新品の電池を入れて回らなかったものが、USB端子接続では正常に回ります。
それで、別な単三電池を4本入れてみたところ、なんと正常に回るのです。それで最初の電池4本をテスターで調べてみました。4本のうち3本は正常で1.5Vの電圧が出ていましたが、1本は0Vでした。
「新品なのに0V???」と思いましたが、照度計の電池のように何らかの衝撃で壊れていたのかもしれません。
3つ目はこうです。
車のリモコンキーの反応が悪くなってきたため、電池を交換しようと考えました。車の取り扱い説明書には、「電池交換の際は販売店までお持ちください。」と書いてありましたが、販売店に持っていくと交換手数料などを取られて高くつくかなと思い、自分で交換することにしました。
リモコンキーは小さなビスで止めてあって、それをはずせばカバーがパカッと二つに分かれるようです。精密ドライバーでビスをゆるめようとしましたが、とても固く締まっています。無理にはずそうとして悪戦苦闘していうちに、とうとうネジ山がつぶれてしまいました。
ビスがはずせないのでどうしようもなく、ドリルでビスの頭部分を削って無理やりカバーをはずしました。ラジオペンチでビスの根元をはずしたところ、ビスは接着剤らしきものでゆるまないように固めてありました。ドライバーでゆるまないはずです(ディーラーではどうやってはずすんだろうという疑問が生じました)。
それで、中のボタン電池が取りはずせましたので、購入した新品の電池を入れてカバーを閉じました。そしてリモコンキーの動作を確認したところ、全くききません。ドアロックは作動しませんでした。ドリルでビスの頭を削ったりしてかなり手荒なことをやったため、内部の基盤が壊れたのかと思いました。一応元のボタン電池に戻して挑戦してみましたが、全く動作しません。再度新品の電池にしてみましたが、結局動作せずじまいでした。
これは修理を依頼するしかないということで、近くの修理工場に持っていって価格を聞いてみると、「壊れた場合はディーラーに持って行って、新しいリモコンキーを出してもらうしかありません。2万円くらいかかります。」ということでした。
結局大損失だなあと嘆きながら、ディーラーに持って行きました。ディーラーでは「確認してみますから、少しお待ちください。」という感じのよい対応で、出されたコーヒーを飲みながらしばらく待っていると、少し経ってから「新しい電池に変えられたということでしたが、間違って古い電池のままだったようです。電池残量がありませんでした。別な電池で確認したところ問題なく動作しました。」という返事でした。
またまた「どういうこと???」 と思いました。
新品のボタン電池を入れたのです。それはまちがいありません。前の2件を経験していたので、「またか!?」という思いでした。帰りに新品のボタン電池をホームセンターで買って、それを入れてみました。確かに全く問題なく動作しました。テスターで電圧を測ることはしませんでしたが、この場合も「新品なのに0V」ということであったようです。
以上をまとめると
①電池は落としたりすると衝撃で壊れることがあり、電圧が出なくなる。
②電池は新品だからといって、0Vの場合もあり得る。
ということになりますね。
電池を使う機器が壊れたという場合、電池そのものも疑ったほうがよいということです。
また、新品の電池であっても、テスターや電池チェッカーで電圧をチェックしたほうがよいということですね。
今回はびっくりした電池の話しでした。
(体験談はすぐに長くなってしまいます。長文で失礼しました。)
それではまた。
久留米工業大学
建築・設備工学科
池鯉鮒
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今回は電池の話です。
私は50代で結構長く生きているわけですが、最近(ここ1年くらいの間に)電池に関してびっくりしたことが3つもありました。
1つ目はこうです。
ポータブル照度計という明るさを測る測定器があります。建築環境分野ではポピュラーな機器で、室内の照度(明るさ)を測定する時に使います。単三電池2本で動作するタイプで、液晶表示窓に照度が[200lx]のようにデジタル表示されるようになっています(lxはルクスと読みますが照度の単位です)。
その照度計を誤って落としてしまいました。1mくらいの高さからコンクリートの床に落ちたわけです。幸い、割れたりへこんだりはありませんでしたが、液晶表示が出なくなってしまいました。
落とすと電池ボックスから電池がはずれてしまって、接触不良の状態になってしまうということがよくありますので、裏ブタを開けて電池を確認してみましたが、はずれている様子はありません。
その電池を一度はずして入れ直してみましたが、表示は出ません。スイッチをON-OFFしてみても、変化はありませんでした。
液晶パネルと基板の回路の接続は、基板の電極に液晶パネルが押し当てられることで接触して電気が流れるようになっています。ですから落ちた衝撃でその接触が不良になったのではないかと思いました。それで、裏蓋を開けて基板と液晶パネルの接触部分を確認してみましたが、問題はなさそうでした。液晶パネルを強めに押し付けたりしてみましたが、何ら変化ありません。
ということは回路内の部品が壊れたに違いありません。
もうだめだなと思って、裏蓋を元に戻して少しの間、机に置いておきました。しょうがないから電池だけ別な用途に使おうと考えて、照度計に入っていた電池を取り出してLEDライトに入れました。それでLEDライトのスイッチをONしてみましたがLEDライトは点灯しません。
「どういうこと???」 と思いました。
少し前まで(床に落とすまでは)ポータブル照度計で使用していた電池で、照度計はちゃんと動作していたのです。電池を取り出して、テスターで当たってみると、なんと2本のうちの1本は電圧が出ていません。もう1本は1.5Vの電圧ですが、1本は0Vでした。
なんということでしょう。落とした衝撃で1本の電池は電圧が0Vになってしまったのです。電池が壊れたということです。
「電池は落とすと壊れるの???」と思いました。今まで電池そのものや電池を入れた機器など何度も落としたことがありますが、落とした衝撃で電池が壊れたのはこれが初めてです。びっくりしました。電池も落とすとその衝撃でこわれることがあるんですね。
2つ目はこうです。
家内から「電池式のミニ扇風機が回らなくなったからちょっと見て。」と言われて、ミニ扇風機を渡されました。スイッチを入れると少し回転しようとするのですが回転しません。スイッチをON-OFFすると、そのたびに”ぴくっ”と動いていましたが、しまいには動かなくなりました。
それで「なーんだ電池がなくなっただけだな。」と思って、2~3日前に買っておいた新品の単三電池4本を、ビニールフィルムを剥いて入れました。しかし、スイッチをONしてもピクリともしません。電池を取ったり入れたりしてみましたがだめです。
ミニ扇風機が壊れたのかなと思って、扇風機を分解してみました。電池ボックスからスイッチやモータにつながっているコードは問題ありません。ハンダ付けもバッチリのようでした。
次にモータそのものがおかしくなったのかと考えて、(そこまでやる必要があるのかどうかは別問題ですが)モータを分解してみました。ブラシ部分の接触が問題かと思いましたが、きちんと接触していて問題はないようです。
仕方なく再度組み立てて、電池を入れてスイッチONしてみましたが、ピクりともしません。
たまたまそのミニ扇風機は電池だけでなく、パソコンなどのUSB端子に接続しても使えるタイプだったので、パソコンにつないでみたところ、なんと回りだしたではありませんか。全く問題なさそうです。
「どういうこと???」 と思いました。今までの努力は何だったのでしょう。
新品の電池を入れて回らなかったものが、USB端子接続では正常に回ります。
それで、別な単三電池を4本入れてみたところ、なんと正常に回るのです。それで最初の電池4本をテスターで調べてみました。4本のうち3本は正常で1.5Vの電圧が出ていましたが、1本は0Vでした。
「新品なのに0V???」と思いましたが、照度計の電池のように何らかの衝撃で壊れていたのかもしれません。
3つ目はこうです。
車のリモコンキーの反応が悪くなってきたため、電池を交換しようと考えました。車の取り扱い説明書には、「電池交換の際は販売店までお持ちください。」と書いてありましたが、販売店に持っていくと交換手数料などを取られて高くつくかなと思い、自分で交換することにしました。
リモコンキーは小さなビスで止めてあって、それをはずせばカバーがパカッと二つに分かれるようです。精密ドライバーでビスをゆるめようとしましたが、とても固く締まっています。無理にはずそうとして悪戦苦闘していうちに、とうとうネジ山がつぶれてしまいました。
ビスがはずせないのでどうしようもなく、ドリルでビスの頭部分を削って無理やりカバーをはずしました。ラジオペンチでビスの根元をはずしたところ、ビスは接着剤らしきものでゆるまないように固めてありました。ドライバーでゆるまないはずです(ディーラーではどうやってはずすんだろうという疑問が生じました)。
それで、中のボタン電池が取りはずせましたので、購入した新品の電池を入れてカバーを閉じました。そしてリモコンキーの動作を確認したところ、全くききません。ドアロックは作動しませんでした。ドリルでビスの頭を削ったりしてかなり手荒なことをやったため、内部の基盤が壊れたのかと思いました。一応元のボタン電池に戻して挑戦してみましたが、全く動作しません。再度新品の電池にしてみましたが、結局動作せずじまいでした。
これは修理を依頼するしかないということで、近くの修理工場に持っていって価格を聞いてみると、「壊れた場合はディーラーに持って行って、新しいリモコンキーを出してもらうしかありません。2万円くらいかかります。」ということでした。
結局大損失だなあと嘆きながら、ディーラーに持って行きました。ディーラーでは「確認してみますから、少しお待ちください。」という感じのよい対応で、出されたコーヒーを飲みながらしばらく待っていると、少し経ってから「新しい電池に変えられたということでしたが、間違って古い電池のままだったようです。電池残量がありませんでした。別な電池で確認したところ問題なく動作しました。」という返事でした。
またまた「どういうこと???」 と思いました。
新品のボタン電池を入れたのです。それはまちがいありません。前の2件を経験していたので、「またか!?」という思いでした。帰りに新品のボタン電池をホームセンターで買って、それを入れてみました。確かに全く問題なく動作しました。テスターで電圧を測ることはしませんでしたが、この場合も「新品なのに0V」ということであったようです。
以上をまとめると
①電池は落としたりすると衝撃で壊れることがあり、電圧が出なくなる。
②電池は新品だからといって、0Vの場合もあり得る。
ということになりますね。
電池を使う機器が壊れたという場合、電池そのものも疑ったほうがよいということです。
また、新品の電池であっても、テスターや電池チェッカーで電圧をチェックしたほうがよいということですね。
今回はびっくりした電池の話しでした。
(体験談はすぐに長くなってしまいます。長文で失礼しました。)
それではまた。
久留米工業大学
建築・設備工学科
池鯉鮒
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2013年6月11日火曜日
グッとくる食べ物
こんにちは、池鯉鮒です。
今回は“グッとくる食べ物”についてです。
前回、前々回は花粉症についての話でしたが、引き続き体の調子に関する内容です。
この“グッとくる”の部分を説明します。
簡単に表現すると「体調が悪くなる」ということです。
例えば「熱が出る」、「吐き気がする」、「おなかの調子が悪くなる」、「異様にだるくなる」、「異様に眠くなる」などの症状です。
“グッとくる食べ物”とは、それを食べると上記のような症状が出るような食べ物のことです。
ここで先の3つ「熱が出る」、「吐き気がする」、「おなかの調子が悪くなる」は、食べ物が腐敗したり傷んだりで、有害な菌が繁殖したりしている場合で、論外な話です。それを食べたら熱が出たり嘔吐・下痢などの状態が出て、これは“ほとんど病気”です。
食当たりなんかがそうですね。
ここで焦点を当てるのは病気の話ではなく、「異様にだるくなる」、「異様に眠くなる」のほうです。それを食べると、決まって「異様にだるくなる」、「異様に眠くなる」という症状が出る食べ物です。
あなたも、そういった経験はありませんか?
私の家内も同様の症状が出るため、“グッとくる食べ物”で話が通じます。
吐き気や下痢などの圧倒的ダメージではありませんが、食べることで体がある程度ダメージを受けているのだと思います。
だるくなる、眠くなるというのは、体が休養を必要としている状態です。
食べ物を食べてエネルギーを補給して元気になるはずなのに、休養が必要とは変な話です。もちろん食後は消化のために安静にしておく必要はあります。
食後すぐに100mダッシュなどしたらたまりませんよね。
どこかのレストランで外食をした場合に、食べた直後から異様にだるくなった、異様に眠くなったという状況に陥ったことはありませんか?
気にしていなければ、単に「だるかった」、単に「眠かった」で過ごしてしまいがちですが、そうなったときの、その前の行動にフォーカスしてみるとよいです。特に“食べた物”についてです。ある食べ物を食べると、またはあるレストランで食べると“決まってそうなる”ということに、気が付くと思います。
例えば回転寿司はお店がたくさんあり、私もたまに食べますが、あるチェーン店で食べた場合はおいしく食べることができて、その後はなんともありません。
ところが別なチェーン店で食べると、とてもおいしいのですが、食べた後に異様な眠気とけだるさに襲われ、それがしばらく続きます。おおよそ15分から20分間です。ファミレスやパスタ屋さん、その他の外食の店でも同じようなことが起きます。
その状況から考えてみると、無添加や自然素材などが売りの店では、その“グッとくる”状況に陥っていないことが、おぼろげながらわかってきました。自宅で作って食べる場合も、“グッとくる”状態にはなりません。
ということは、“グッとくる食べ物”は体に何らかのダメージを与えているため、「食べないほうがよい。」という結論になりますね。
あなたも何かを食べた後の、体の調子についてフォーカスしてみてはいかがでしょうか。そして体に対してダメージの少ない食べ物を摂るようにしてみてはいかがでしょう。
ただしこれは人によっても差というか違いはあると思います。ちょっとしたダメージなど、ものともしない人は何ら問題ないでしょうし、過敏な人は影響がより大きくでるでしょう。
数々の発明で知られるドクター中松によれば、「ナスのへたを食べると頭がよくなる」そうです。このようなプラスになる食べ物が見つけられるとよいですね(本来、食べ物というのは、体に対してプラスになるべきものだと思いますが・・・)。
それではまた。
久留米工業大学
建築・設備工学科
池鯉鮒
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今回は“グッとくる食べ物”についてです。
前回、前々回は花粉症についての話でしたが、引き続き体の調子に関する内容です。
この“グッとくる”の部分を説明します。
簡単に表現すると「体調が悪くなる」ということです。
例えば「熱が出る」、「吐き気がする」、「おなかの調子が悪くなる」、「異様にだるくなる」、「異様に眠くなる」などの症状です。
“グッとくる食べ物”とは、それを食べると上記のような症状が出るような食べ物のことです。
ここで先の3つ「熱が出る」、「吐き気がする」、「おなかの調子が悪くなる」は、食べ物が腐敗したり傷んだりで、有害な菌が繁殖したりしている場合で、論外な話です。それを食べたら熱が出たり嘔吐・下痢などの状態が出て、これは“ほとんど病気”です。
食当たりなんかがそうですね。
ここで焦点を当てるのは病気の話ではなく、「異様にだるくなる」、「異様に眠くなる」のほうです。それを食べると、決まって「異様にだるくなる」、「異様に眠くなる」という症状が出る食べ物です。
あなたも、そういった経験はありませんか?
私の家内も同様の症状が出るため、“グッとくる食べ物”で話が通じます。
吐き気や下痢などの圧倒的ダメージではありませんが、食べることで体がある程度ダメージを受けているのだと思います。
だるくなる、眠くなるというのは、体が休養を必要としている状態です。
食べ物を食べてエネルギーを補給して元気になるはずなのに、休養が必要とは変な話です。もちろん食後は消化のために安静にしておく必要はあります。
食後すぐに100mダッシュなどしたらたまりませんよね。
どこかのレストランで外食をした場合に、食べた直後から異様にだるくなった、異様に眠くなったという状況に陥ったことはありませんか?
気にしていなければ、単に「だるかった」、単に「眠かった」で過ごしてしまいがちですが、そうなったときの、その前の行動にフォーカスしてみるとよいです。特に“食べた物”についてです。ある食べ物を食べると、またはあるレストランで食べると“決まってそうなる”ということに、気が付くと思います。
例えば回転寿司はお店がたくさんあり、私もたまに食べますが、あるチェーン店で食べた場合はおいしく食べることができて、その後はなんともありません。
ところが別なチェーン店で食べると、とてもおいしいのですが、食べた後に異様な眠気とけだるさに襲われ、それがしばらく続きます。おおよそ15分から20分間です。ファミレスやパスタ屋さん、その他の外食の店でも同じようなことが起きます。
その状況から考えてみると、無添加や自然素材などが売りの店では、その“グッとくる”状況に陥っていないことが、おぼろげながらわかってきました。自宅で作って食べる場合も、“グッとくる”状態にはなりません。
ということは、“グッとくる食べ物”は体に何らかのダメージを与えているため、「食べないほうがよい。」という結論になりますね。
あなたも何かを食べた後の、体の調子についてフォーカスしてみてはいかがでしょうか。そして体に対してダメージの少ない食べ物を摂るようにしてみてはいかがでしょう。
ただしこれは人によっても差というか違いはあると思います。ちょっとしたダメージなど、ものともしない人は何ら問題ないでしょうし、過敏な人は影響がより大きくでるでしょう。
数々の発明で知られるドクター中松によれば、「ナスのへたを食べると頭がよくなる」そうです。このようなプラスになる食べ物が見つけられるとよいですね(本来、食べ物というのは、体に対してプラスになるべきものだと思いますが・・・)。
それではまた。
久留米工業大学
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池鯉鮒
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2013年6月4日火曜日
続・花粉症完治!?
こんにちは、池鯉鮒です。
今回は花粉症完治!?の続きの話です。
前回、“早寝早起き”パターンで花粉症が完治!?という話を紹介しましたが、しかしこの“早寝早起き”パターンが本当に効いているのかは、はっきりわかりません。
ただ気づいていないだけで他の要因かもしれませんし、私だけに効いているのかもしれません。
来年の花粉症の季節が過ぎたら、またこのブログで状況を報告したいと思います。
今年だけなのか、来年も継続的に改善されているのか、という点が確認できます。
また、他の多くの人でもこの“早寝早起き”パターンによって花粉症が改善すれば、効果ありということが言えるのではないかと思います。
「早起きは三文の得」と言いますが、早寝早起きで花粉症が改善すれば、
「早寝早起きは三百文の得」なんて言いたくなりますね。
しかし、ここで難しい問題があります。
サラリーマンのような会社勤めの方は、「早く帰りたいけど残業があって早く帰れない。」
という状況かと思います。私も以前、会社勤めをしていましたので状況はよくわかります。
その場合は、「私がこの早寝早起きパターンを始めた理由」のひとつを使ってみてはどうでしょう。つまり、夜遅くまで残って仕事をしても効率はあまり上がらないということです。
例えば9:00~17:00までの8時間の業務時間とした場合に、毎日21:00まで残業をしていたと仮定してみましょう。1日に4時間の残業です。
1日のうち、この4時間の残業(時間外の仕事)は必ずしも夜やらなくてもよいですね。
今日中に完成しなければならないといった仕事の場合はしかたありませんが、それ以外は朝やってもよいわけです。
4時間を朝2.5時間、夜1.5時間に振り分けてみますと、朝6:30から仕事して、
夕方は18:30で帰ることができるようになります。
もちろん、これは上司の了解を得るとか、「このようにやります。」といったことを
周囲に宣言したほうがよいように感じますが、絶対に無理ということでもないように
思います。いかがでしょうか?
しかし、「“早寝早起き”パターンはどうしても難しい。」という方には、もう一つ
花粉症対策の方法があります。これは、久留米工業大学の他の先生からお聞きした話です。私が自分で試した方法ではありませんが、その先生は“その方法”で花粉症の症状が出なくなったとおっしゃっていました。
“その方法”とは、「カイロを足の裏に貼る」というものです。
足の裏には直接貼れませんので(実際には貼れますが、気持ち悪いし低温やけども気になります)、靴下をはいてから貼ったり、靴やサンダルに貼ったりという方法があります。
靴やサンダルやスリッパに履き替えたりすることを考えると、靴下に貼るのがやりやすそうですね。
私も“足裏カイロ貼り”の方法をやってみたいですが、“早寝早起き”パターンを実践していますので、それを止めて花粉症の症状を再発させて、“足裏カイロ貼り”をやって症状をチェックしてみるというのもちょっと・・・という気がします。
来年の花粉症対策として“早寝早起き”パターンが難しい人は、“足裏カイロ貼り”を
試してみてはいかがでしょうか?
来年の花粉症の時期が、ある意味楽しみですね。
(花粉症の人に怒られてしまいそうですが。)
それではまた。
久留米工業大学
池鯉鮒
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今回は花粉症完治!?の続きの話です。
前回、“早寝早起き”パターンで花粉症が完治!?という話を紹介しましたが、しかしこの“早寝早起き”パターンが本当に効いているのかは、はっきりわかりません。
ただ気づいていないだけで他の要因かもしれませんし、私だけに効いているのかもしれません。
来年の花粉症の季節が過ぎたら、またこのブログで状況を報告したいと思います。
今年だけなのか、来年も継続的に改善されているのか、という点が確認できます。
また、他の多くの人でもこの“早寝早起き”パターンによって花粉症が改善すれば、効果ありということが言えるのではないかと思います。
「早起きは三文の得」と言いますが、早寝早起きで花粉症が改善すれば、
「早寝早起きは三百文の得」なんて言いたくなりますね。
しかし、ここで難しい問題があります。
サラリーマンのような会社勤めの方は、「早く帰りたいけど残業があって早く帰れない。」
という状況かと思います。私も以前、会社勤めをしていましたので状況はよくわかります。
その場合は、「私がこの早寝早起きパターンを始めた理由」のひとつを使ってみてはどうでしょう。つまり、夜遅くまで残って仕事をしても効率はあまり上がらないということです。
例えば9:00~17:00までの8時間の業務時間とした場合に、毎日21:00まで残業をしていたと仮定してみましょう。1日に4時間の残業です。
1日のうち、この4時間の残業(時間外の仕事)は必ずしも夜やらなくてもよいですね。
今日中に完成しなければならないといった仕事の場合はしかたありませんが、それ以外は朝やってもよいわけです。
4時間を朝2.5時間、夜1.5時間に振り分けてみますと、朝6:30から仕事して、
夕方は18:30で帰ることができるようになります。
もちろん、これは上司の了解を得るとか、「このようにやります。」といったことを
周囲に宣言したほうがよいように感じますが、絶対に無理ということでもないように
思います。いかがでしょうか?
しかし、「“早寝早起き”パターンはどうしても難しい。」という方には、もう一つ
花粉症対策の方法があります。これは、久留米工業大学の他の先生からお聞きした話です。私が自分で試した方法ではありませんが、その先生は“その方法”で花粉症の症状が出なくなったとおっしゃっていました。
“その方法”とは、「カイロを足の裏に貼る」というものです。
足の裏には直接貼れませんので(実際には貼れますが、気持ち悪いし低温やけども気になります)、靴下をはいてから貼ったり、靴やサンダルに貼ったりという方法があります。
靴やサンダルやスリッパに履き替えたりすることを考えると、靴下に貼るのがやりやすそうですね。
私も“足裏カイロ貼り”の方法をやってみたいですが、“早寝早起き”パターンを実践していますので、それを止めて花粉症の症状を再発させて、“足裏カイロ貼り”をやって症状をチェックしてみるというのもちょっと・・・という気がします。
来年の花粉症対策として“早寝早起き”パターンが難しい人は、“足裏カイロ貼り”を
試してみてはいかがでしょうか?
来年の花粉症の時期が、ある意味楽しみですね。
(花粉症の人に怒られてしまいそうですが。)
それではまた。
久留米工業大学
池鯉鮒
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2013年5月28日火曜日
花粉症完治!?
こんにちは、池鯉鮒です。
時期は過ぎましたが、今回は花粉症の話です。
しかも、「花粉症が完治した!?」という話です。
私は33歳になってから、突然花粉症が発症して、それ以来毎年
花粉の時期になると、花粉症の症状に悩まされ続けてきました。
時期は、2月末~3月下旬くらいに症状が出て、3月末には治まります。
春と言えば、梅の時期には梅の花見に、桜の時期には桜の花見に出かけていますが、
梅の花の時期は“鼻水ズルズル”で、桜の花の時期になると症状が治まるといった
パターンを20年以上繰り返してきました。
花粉症の方はわかると思いますが、結構つらいですよね。
鼻水ズルズルで(しかもさらっとして水っぽかったりします)、目はかゆいし、のどの奥もかゆいし、耳の奥もかゆいという状況です。
鼻水が頻繁に出るので何度も鼻をかみますが、鼻の頭はティッシュでこすれて赤くなり、鼻をかみすぎるため鼻血も出てしまう有様です。外出時はマスクが欠かせません。
また、顔に花粉が着くと、目やのどほどではありませんが、顔の表面もかゆくなるため、外出から戻ると手洗い、顔洗い、目洗い、うがい等をして、花粉を落とす必要があります。当然、洗濯物は外には干せません。
知り合いの中にも花粉症の方が多くいて花粉症の話をするのですが、病院に行って花粉症の薬をもらうと、かなり症状が改善するようです。しかし、薬はあまり使いたくはありませんでした。
それで、マスクの使用や手洗い、顔洗い、うがい等で20年以上、なんとか対処してきました。
ところが、そんな症状が今年(2013年)の春は、全くと言ってよいほど出ませんでした。ほとんど問題ない状態でした。花粉症が完治した!と言ってよいような状況です。
なぜ20年以上も悩まされてきた花粉症が今年はほとんどまったく出ないのか?
PM2.5(硫酸塩や有機物が主成分だそうです)も多く飛んでいるにもかかわらずです。
特に薬を飲んでいるわけでもなく、甜茶などの特殊なお茶を飲んだりサプリなどの食品を食べているわけでもありません。
しかしただひとつだけ、以前と変っていることがあります。
それは「睡眠のパターン」です。
月並みな言い方をすると、“早寝早起き”に変えたのです。
夜10:00前に寝るようにして、朝5:00過ぎには起きるようにしました。
夜10:00から朝2:00までは「ゴールデンタイム」とも言われる時間帯で、体が修復される時間帯であるそうです。成長期の若い人は、この時間帯に大きく成長するそうです。
この時間帯をはずしていかに多く睡眠をとっても、疲れは取れないとうことでした。
この時間帯を睡眠の時間に含めたことが、以前と変わった点です。前年の12月末にその“早寝早起き”パターンに切り替えたのです。
理由はいくつかありますが、ひとつは夜まで残って仕事をしていても、居眠りしたりして効率が上がらないということがあります。他の理由は、うちには小学3年生の子供がいるのですが、私が遅く帰ると、「お父さんが帰って来るまで待つ。」と言って待っていたりして、気持ちは嬉しいのですが、子供の寝る時間が遅くなってしまうという問題もありました。
そんな理由で、“早寝早起き”パターンに変えたのです。
それが、どうも功を奏しているようです。
花粉症の方がおられたら、来年に向けて年末あたりから“早寝早起き”パターンに切り替えてみてはいかがでしょうか?
それではまた。
久留米工業大学
池鯉鮒
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時期は過ぎましたが、今回は花粉症の話です。
しかも、「花粉症が完治した!?」という話です。
私は33歳になってから、突然花粉症が発症して、それ以来毎年
花粉の時期になると、花粉症の症状に悩まされ続けてきました。
時期は、2月末~3月下旬くらいに症状が出て、3月末には治まります。
春と言えば、梅の時期には梅の花見に、桜の時期には桜の花見に出かけていますが、
梅の花の時期は“鼻水ズルズル”で、桜の花の時期になると症状が治まるといった
パターンを20年以上繰り返してきました。
花粉症の方はわかると思いますが、結構つらいですよね。
鼻水ズルズルで(しかもさらっとして水っぽかったりします)、目はかゆいし、のどの奥もかゆいし、耳の奥もかゆいという状況です。
鼻水が頻繁に出るので何度も鼻をかみますが、鼻の頭はティッシュでこすれて赤くなり、鼻をかみすぎるため鼻血も出てしまう有様です。外出時はマスクが欠かせません。
また、顔に花粉が着くと、目やのどほどではありませんが、顔の表面もかゆくなるため、外出から戻ると手洗い、顔洗い、目洗い、うがい等をして、花粉を落とす必要があります。当然、洗濯物は外には干せません。
知り合いの中にも花粉症の方が多くいて花粉症の話をするのですが、病院に行って花粉症の薬をもらうと、かなり症状が改善するようです。しかし、薬はあまり使いたくはありませんでした。
それで、マスクの使用や手洗い、顔洗い、うがい等で20年以上、なんとか対処してきました。
ところが、そんな症状が今年(2013年)の春は、全くと言ってよいほど出ませんでした。ほとんど問題ない状態でした。花粉症が完治した!と言ってよいような状況です。
なぜ20年以上も悩まされてきた花粉症が今年はほとんどまったく出ないのか?
PM2.5(硫酸塩や有機物が主成分だそうです)も多く飛んでいるにもかかわらずです。
特に薬を飲んでいるわけでもなく、甜茶などの特殊なお茶を飲んだりサプリなどの食品を食べているわけでもありません。
しかしただひとつだけ、以前と変っていることがあります。
それは「睡眠のパターン」です。
月並みな言い方をすると、“早寝早起き”に変えたのです。
夜10:00前に寝るようにして、朝5:00過ぎには起きるようにしました。
夜10:00から朝2:00までは「ゴールデンタイム」とも言われる時間帯で、体が修復される時間帯であるそうです。成長期の若い人は、この時間帯に大きく成長するそうです。
この時間帯をはずしていかに多く睡眠をとっても、疲れは取れないとうことでした。
この時間帯を睡眠の時間に含めたことが、以前と変わった点です。前年の12月末にその“早寝早起き”パターンに切り替えたのです。
理由はいくつかありますが、ひとつは夜まで残って仕事をしていても、居眠りしたりして効率が上がらないということがあります。他の理由は、うちには小学3年生の子供がいるのですが、私が遅く帰ると、「お父さんが帰って来るまで待つ。」と言って待っていたりして、気持ちは嬉しいのですが、子供の寝る時間が遅くなってしまうという問題もありました。
そんな理由で、“早寝早起き”パターンに変えたのです。
それが、どうも功を奏しているようです。
花粉症の方がおられたら、来年に向けて年末あたりから“早寝早起き”パターンに切り替えてみてはいかがでしょうか?
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2013年5月20日月曜日
続・将来的な人間社会のパターン
こんにちは、池鯉鮒です。
今回は「将来的な人間社会のパターン」の続きです。
前回は、「そうなると人々の多くは、何を仕事にすればよいので しょうか?」
という投げかけで終わっていましたので、その続きを進めたいと思います。
その前に少し追加があります。
「ジョブレス・リカバリー」という言葉を聞いたことがありますか?
「ジョブレス」は仕事が無い、「リカバリー」は回復です。景気が回復しても、雇用の拡大を生まない状態のことを言います。日本語では「雇用無き回復」と呼ばれます。
今話題にしている内容は、単純労働的な仕事はマシーンが行うことによって人々の仕事がなくなってくる状態の話ですが、景気が回復していればこれもまた、ジョブレス・リカバリーと言えます。
マシーンが行うというだけでなく、前回の高輝度LEDのように、技術の進歩によって人の出る幕がなくなってくるという状態も含まれます。このような状況に向かって進んでいるのが現状ですね。
そうすると、人々はどんな仕事をすればよいのでしょうか? というのが、前回の投げかけでした。
答えは、実のところそう難しくはありません。
簡単に言ってしまえばこうです。
「マシーンでは真似できないことをやる。」です。
「人間でなくてはできないことをやる。」という言い方でもよいですね。
それでは、マシーンができないことにはどんなことがあるのか、考えてみましょう。
まずすぐに思いつくのは、絵を描くということです。ここで絵といっているのは普通の図形等の絵のことではなく、絵画のことです。画家の名前はあまり知りませんが、例えばレオナルド・ダ・ビンチやゴッホ、ルノアール、といった人たちが描くような絵画のことです。風景をデジタルカメラで撮影して、ソフト上で水彩タッチ等のエフェクトを掛けると、風景画っぽくはなりますが、それが風景画とは言えませんね。
また、同じ絵の中でも日本が世界に誇る「マンガ」もそうですね。おまけに、マンガの場合はキャラクターを作り出して絵を描くだけではなく、ストーリーも作り出す必要がありますから、より人間的な作業ですね。
絵画と来れば、同じ美術系で彫刻があります。例えばギリシャ彫刻のような彫刻ですね。銅像、石像、仏像などがそれです。工業的には3次元カッティングマシーンで実物に忠実に削り出すことはできますが、それが彫刻と言えるかどうかです。
絵画や彫刻といった”美術”があれば次は”音楽”でしょう。曲を作る作曲という活動もそうですね。今は自動作曲ソフトというものがありますが、それを使っても名曲は作れません。人間的な要素が曲に加味されることで、圧倒的に心に響く曲になります。歌入りの曲の場合は、メロディと同様に詩も重要ですが、作詞というのも人間的な作業ですね。
それから、ストーリーや作詞に関連しますが、小説などの作家、文筆家もそうです。ストーリーを生み出し、作者の思いを文章に表現する、という人間的作業です。
他には何かあるでしょうか。
今まで全て文系的な分野での話をしてきました。
実は後のほうに取っておいたのですが、工学系(理系)の分野でもそういった活動があります。
それは発明・考案という部分です。工業技術は多くの発明・考案によって成り立っています。家庭用品などの創意・工夫や、技術的な方法・進め方のアイデア等も含みます(方法・進め方などは、例えばビジネスモデルといって仕事のやり方のアイデアがありますが、これは理系・文系といった分類はありません)。建物をデザインしたり、自動車のボディ等をデザインするといった仕事も人間的な感性が効いてくる作業です。
他にもスポーツ面でのこととか、柔道、剣道、茶道のような、”道”と呼ばれる人間の礼儀作法や精神修養的な分野などもあります。
これまでの表現で、「人間的な」という修飾語を付けていますが、これは人にしかできないという意味を強調したかったからです。全体的に見てもらえば、それぞれが「創造的」であることがわかります。何もないところから、ある形やアイデアなどを産み出す行為です。そして、それをやる人は「創造者」、別な言い方では「クリエイター」ということになります。
ここで聖書の一節を引いてみたいと思います。
「人は神に似せて作られた。」
これですね。神は別な言い方では「創造主」とも言われます。
この「似せて」ですが、何が似ているかというと、それは「創造できる」という側面であると考えています。”神”と同様に、”人”は創造できるということです。
先に書きました「創造者(ソウゾウシャ)」は、「創造主(ソウゾウシュ)」と音も一字違いでほとんど同じで似てますよね。(すみません、ダジャレを意図した訳ではありませんが、ダジャレっぽくなってしまいました。)
人は皆、「創造者」というわけです。「クリエイター」なのです。
「クリエイター」は英語表記はCreatorですが、逆に英和辞典で調べると、「創造主」という意味もあります。人は皆、「創造」という側面で神に似ているわけです。
あなたもそうです。
いろいろなことや物やアイデア・価値を創造することができます。生み出すことができるのです。
どうです? ちょっと大げさでしょうか?
続きがありますが、何回か後でまた書きたいと思います。
それではまた。
久留米工業大学
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今回は「将来的な人間社会のパターン」の続きです。
前回は、「そうなると人々の多くは、何を仕事にすればよいので しょうか?」
という投げかけで終わっていましたので、その続きを進めたいと思います。
その前に少し追加があります。
「ジョブレス・リカバリー」という言葉を聞いたことがありますか?
「ジョブレス」は仕事が無い、「リカバリー」は回復です。景気が回復しても、雇用の拡大を生まない状態のことを言います。日本語では「雇用無き回復」と呼ばれます。
今話題にしている内容は、単純労働的な仕事はマシーンが行うことによって人々の仕事がなくなってくる状態の話ですが、景気が回復していればこれもまた、ジョブレス・リカバリーと言えます。
マシーンが行うというだけでなく、前回の高輝度LEDのように、技術の進歩によって人の出る幕がなくなってくるという状態も含まれます。このような状況に向かって進んでいるのが現状ですね。
そうすると、人々はどんな仕事をすればよいのでしょうか? というのが、前回の投げかけでした。
答えは、実のところそう難しくはありません。
簡単に言ってしまえばこうです。
「マシーンでは真似できないことをやる。」です。
「人間でなくてはできないことをやる。」という言い方でもよいですね。
それでは、マシーンができないことにはどんなことがあるのか、考えてみましょう。
まずすぐに思いつくのは、絵を描くということです。ここで絵といっているのは普通の図形等の絵のことではなく、絵画のことです。画家の名前はあまり知りませんが、例えばレオナルド・ダ・ビンチやゴッホ、ルノアール、といった人たちが描くような絵画のことです。風景をデジタルカメラで撮影して、ソフト上で水彩タッチ等のエフェクトを掛けると、風景画っぽくはなりますが、それが風景画とは言えませんね。
また、同じ絵の中でも日本が世界に誇る「マンガ」もそうですね。おまけに、マンガの場合はキャラクターを作り出して絵を描くだけではなく、ストーリーも作り出す必要がありますから、より人間的な作業ですね。
絵画と来れば、同じ美術系で彫刻があります。例えばギリシャ彫刻のような彫刻ですね。銅像、石像、仏像などがそれです。工業的には3次元カッティングマシーンで実物に忠実に削り出すことはできますが、それが彫刻と言えるかどうかです。
絵画や彫刻といった”美術”があれば次は”音楽”でしょう。曲を作る作曲という活動もそうですね。今は自動作曲ソフトというものがありますが、それを使っても名曲は作れません。人間的な要素が曲に加味されることで、圧倒的に心に響く曲になります。歌入りの曲の場合は、メロディと同様に詩も重要ですが、作詞というのも人間的な作業ですね。
それから、ストーリーや作詞に関連しますが、小説などの作家、文筆家もそうです。ストーリーを生み出し、作者の思いを文章に表現する、という人間的作業です。
他には何かあるでしょうか。
今まで全て文系的な分野での話をしてきました。
実は後のほうに取っておいたのですが、工学系(理系)の分野でもそういった活動があります。
それは発明・考案という部分です。工業技術は多くの発明・考案によって成り立っています。家庭用品などの創意・工夫や、技術的な方法・進め方のアイデア等も含みます(方法・進め方などは、例えばビジネスモデルといって仕事のやり方のアイデアがありますが、これは理系・文系といった分類はありません)。建物をデザインしたり、自動車のボディ等をデザインするといった仕事も人間的な感性が効いてくる作業です。
他にもスポーツ面でのこととか、柔道、剣道、茶道のような、”道”と呼ばれる人間の礼儀作法や精神修養的な分野などもあります。
これまでの表現で、「人間的な」という修飾語を付けていますが、これは人にしかできないという意味を強調したかったからです。全体的に見てもらえば、それぞれが「創造的」であることがわかります。何もないところから、ある形やアイデアなどを産み出す行為です。そして、それをやる人は「創造者」、別な言い方では「クリエイター」ということになります。
ここで聖書の一節を引いてみたいと思います。
「人は神に似せて作られた。」
これですね。神は別な言い方では「創造主」とも言われます。
この「似せて」ですが、何が似ているかというと、それは「創造できる」という側面であると考えています。”神”と同様に、”人”は創造できるということです。
先に書きました「創造者(ソウゾウシャ)」は、「創造主(ソウゾウシュ)」と音も一字違いでほとんど同じで似てますよね。(すみません、ダジャレを意図した訳ではありませんが、ダジャレっぽくなってしまいました。)
人は皆、「創造者」というわけです。「クリエイター」なのです。
「クリエイター」は英語表記はCreatorですが、逆に英和辞典で調べると、「創造主」という意味もあります。人は皆、「創造」という側面で神に似ているわけです。
あなたもそうです。
いろいろなことや物やアイデア・価値を創造することができます。生み出すことができるのです。
どうです? ちょっと大げさでしょうか?
続きがありますが、何回か後でまた書きたいと思います。
それではまた。
久留米工業大学
建築・設備工学科
池鯉鮒
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2013年5月10日金曜日
将来的な人間社会のパターン
こんにちは、池鯉鮒です。
今回は「将来的な人間社会のパターン」です。
人間社会のパターンというと、ちょっと大げさかもしれません。
産業構造のパターン、仕事のパターンといったほうがよいかもしれません。
これは、簡単に言うと“今あるようなが職業が将来もずっと続いていくのか?”
といった内容の話です。
今はいろいろな職業があって、ほとんどの人がそれぞれの仕事に就いています。大きく分けると、農業・林業・漁業・鉱業などや、製造・加工業、サービス業です。それぞれ第一次産業、第二次産業、第三次産業と呼ばれています。
その中で、例えば今は林業が衰退してきています。
木材を扱っておられる方から直接お聞きした話ですが、日本の杉材は強度が弱いため、どうしても安くて強度のある外国産の杉材を使わざるを得ない、という状況だそうです。
これは、国内では間伐など樹木の世話をする人がいないため、植えられた樹木がそのまま手入れされない状態になっており、木材としての強度が出ないと言うことでした。ちゃんと世話をしないと、強い樹木は育たないということです。
そのため苦肉の策として、国産材を集成材として使用しているそうです。
芯の部分に国産材を使用し、それを米国産材で挟み込む形で接着して集成材とし、強度を満足する木材を製造しているとのことでした。日本の山にはたくさんの杉の木があって(花粉もたくさん出しているわけですが)、それを切り出して使えば多くの木材が得られると思っていましたが、そうではない場合も多いということです。
また、国内では樹木を切り出して運び出すのも多くの人件費がかかって割高になってしまい、価格的にも使うのが難しいということでした。
建築の分野では、“建築材料としての木材を見直そう”という動きがあります。木の家は柱や床、建具の部分など、直接触れたり裸足で歩いたりしてもとても感触がよく、私も好きです。ですので国産材の状況を聞いて、ちょっとショックを受けました。
国産材が価格的にきびしいというのは、(価格の面では)他の産業も同様ですから予想できますが、強度的に弱いというのは全く知りませんでした。私も国産を応援したい気持ちですが、安ければ外国産であっても、そちらに流されてしまいますね。価格競争という経済原理が働くからです。
林業だけではありません。工業製品もそうです。安い外国産が入ってくると価格競争に負けて、衰退してしまいますね。現在の液晶パネルがそうですね。液晶パネルは一時は“Made in Japan”が世界ブランドでした。「世界の〇〇モデル」という表現も今は昔です。韓国産や中国産の安い液晶パネルが入ってきて、国内の液晶産業は衰退しています。
しかし、外国製品も今でこそ安くできますが、将来的には世界的に均等に近づくと思います。それは発展途上国でも生活レベルが上がって来て、世界各国の貨幣価値が同じようになってくることが予想されるからです。そうなった場合には貨幣価値の差により製品を安く作るということができなくなってしまいます。将来的にずっと各国の貨幣価値に差がついた状態のままであるとは考えにくいですね。世界レベルで均一に近づいていくでしょう。
そうなると外国製品だから安くできるという、現在の仕組みは通用しなくなります。製品の優劣によって売れるか否かという、本来の技術力勝負という状況が展開します。
しかし、これは数年後というようなことではなく、もっとずっと先の話です。
ちょっと別な話になりましたが、もとに戻します。
ひと昔もふた昔も前になりますが、技術が進み工場がロボットの導入で自動化され始めた頃の話です。工場では従業員がロボットの導入に反対をします。なぜかというと、「私たちの仕事がなくなる。」「私たちの仕事を取るな。」というのが理由でした。技術が進んで自動化されると、人々の仕事がなくなってくるわけです。
比較的最近の話では、自動化ではありませんが技術の進歩によって同様なことが話題になりました。LED技術の進歩によって、LEDが信号機に採用され始めたときのことです。
従来の信号機は、白熱電球に赤、青、黄のカバーを付けた形式でした。
このタイプは、白熱電球ですから使用電力も大きく、また信号機に夕日が当たっているときなど、どの信号が点灯しているのか非常にわかりづらいという難点もありました。
それで、各自治体では省エネルギー施策のひとつとして、信号機のLED化に取り組んできて、町の中にある信号機はかなりLED化してきています。今では、街灯も結構LED化していますね。
LED化された信号機は、LEDの個々の球が1個1個つぶつぶに見えるので、すぐわかります(LED街灯はLEDの個々の球を見るとかなりまぶしいので、乳白色のカバーをつけてほしいなと個人的には思っていますが・・・)。
LEDは消費電力も小さく、寿命が40,000時間程度と格段に長いので、信号機をLED化すると、仮にずっと点灯していたとしても、4年半は持つという計算になります。しかもLEDは4年半経つと「ぷつっと」切れるわけではなく、寿命と言っているのは最初の明るさの70%に減ったときのことを言っていますので、まだまだ点灯し続けることができます。
しかし白熱電球の場合はそうはいきません。フィラメントを使っているため、それが文字通りぷつっと切れるとまったく点灯しなくなってしまいます。信号機が突然ぷつっと切れて点灯しなくなってしまうと非常に危険ですよね。交通事故や渋滞が発生してしまいます。
ですから白熱電球の場合は切れる前に十分な時間的余裕を見て、1年に1回という頻度で交換していたわけです。そうすると、1台の信号機について年1回の球の交換作業という仕事が発生し、年に3個の交換用白熱電球の需要が生じます。信号機はちょっと大きな交差点にはどこにでも付いていますから、日本国内だけでもこの交換作業は膨大な量になり、また白熱電球の大きな需要が発生していました。全国規模であるわけですからすごい量です。
警視庁のホームページでは平成17年度末現在で、全国の信号機は191,770基となっています。
それでやっと仕事の話です。
信号機がLED化することによって球の交換作業の頻度が格段に減ります。そうすると球の交換業務のためにそれほど多くの人数が必要なくなってきます。交換業務をやっていた人の仕事がなくなってしまうというわけです。
技術が進歩すると、このようなことがいろいろな分野や業種で発生します。
たとえば運送業などでもそれは起こり得ます。今はトラック等で人が荷物を運んでいます。
ところで自動車の自動運転システムはかなり進んできていますね。高級車では“ぶつからないシステム”が実用化して実際の自動車に搭載されています。これが進むと、無人の交通システムが実現します。
また自動車側だけでなく、道路側のシステムでも研究されていますので、将来は道路や自動車を含めた自動交通システムが出来てくるでしょう。そうすると運送業に携わる人は、少なくて済むのです。
先にも書きましたが、このようなことがいろいろな業種で発生します。
そうなると人々の多くは、何を仕事にすればよいのでしょうか?
システムを管理し、メンテナンスする少数の人は必要ですからその仕事は残りますが、関連する技術を身に付けた専門の人でないとその職には就けないでしょうし、少人数でいいわけですから何よりも競争が激烈になるでしょう。
なかなか職にありつけない状況は容易に予想できますよね。
さてどうなるんでしょうか?
ちょっと考えてみませんか?
・
・
・
それではまた。
久留米工業大学
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池鯉鮒
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今回は「将来的な人間社会のパターン」です。
人間社会のパターンというと、ちょっと大げさかもしれません。
産業構造のパターン、仕事のパターンといったほうがよいかもしれません。
これは、簡単に言うと“今あるようなが職業が将来もずっと続いていくのか?”
といった内容の話です。
今はいろいろな職業があって、ほとんどの人がそれぞれの仕事に就いています。大きく分けると、農業・林業・漁業・鉱業などや、製造・加工業、サービス業です。それぞれ第一次産業、第二次産業、第三次産業と呼ばれています。
その中で、例えば今は林業が衰退してきています。
木材を扱っておられる方から直接お聞きした話ですが、日本の杉材は強度が弱いため、どうしても安くて強度のある外国産の杉材を使わざるを得ない、という状況だそうです。
これは、国内では間伐など樹木の世話をする人がいないため、植えられた樹木がそのまま手入れされない状態になっており、木材としての強度が出ないと言うことでした。ちゃんと世話をしないと、強い樹木は育たないということです。
そのため苦肉の策として、国産材を集成材として使用しているそうです。
芯の部分に国産材を使用し、それを米国産材で挟み込む形で接着して集成材とし、強度を満足する木材を製造しているとのことでした。日本の山にはたくさんの杉の木があって(花粉もたくさん出しているわけですが)、それを切り出して使えば多くの木材が得られると思っていましたが、そうではない場合も多いということです。
また、国内では樹木を切り出して運び出すのも多くの人件費がかかって割高になってしまい、価格的にも使うのが難しいということでした。
建築の分野では、“建築材料としての木材を見直そう”という動きがあります。木の家は柱や床、建具の部分など、直接触れたり裸足で歩いたりしてもとても感触がよく、私も好きです。ですので国産材の状況を聞いて、ちょっとショックを受けました。
国産材が価格的にきびしいというのは、(価格の面では)他の産業も同様ですから予想できますが、強度的に弱いというのは全く知りませんでした。私も国産を応援したい気持ちですが、安ければ外国産であっても、そちらに流されてしまいますね。価格競争という経済原理が働くからです。
林業だけではありません。工業製品もそうです。安い外国産が入ってくると価格競争に負けて、衰退してしまいますね。現在の液晶パネルがそうですね。液晶パネルは一時は“Made in Japan”が世界ブランドでした。「世界の〇〇モデル」という表現も今は昔です。韓国産や中国産の安い液晶パネルが入ってきて、国内の液晶産業は衰退しています。
しかし、外国製品も今でこそ安くできますが、将来的には世界的に均等に近づくと思います。それは発展途上国でも生活レベルが上がって来て、世界各国の貨幣価値が同じようになってくることが予想されるからです。そうなった場合には貨幣価値の差により製品を安く作るということができなくなってしまいます。将来的にずっと各国の貨幣価値に差がついた状態のままであるとは考えにくいですね。世界レベルで均一に近づいていくでしょう。
そうなると外国製品だから安くできるという、現在の仕組みは通用しなくなります。製品の優劣によって売れるか否かという、本来の技術力勝負という状況が展開します。
しかし、これは数年後というようなことではなく、もっとずっと先の話です。
ちょっと別な話になりましたが、もとに戻します。
ひと昔もふた昔も前になりますが、技術が進み工場がロボットの導入で自動化され始めた頃の話です。工場では従業員がロボットの導入に反対をします。なぜかというと、「私たちの仕事がなくなる。」「私たちの仕事を取るな。」というのが理由でした。技術が進んで自動化されると、人々の仕事がなくなってくるわけです。
比較的最近の話では、自動化ではありませんが技術の進歩によって同様なことが話題になりました。LED技術の進歩によって、LEDが信号機に採用され始めたときのことです。
従来の信号機は、白熱電球に赤、青、黄のカバーを付けた形式でした。
このタイプは、白熱電球ですから使用電力も大きく、また信号機に夕日が当たっているときなど、どの信号が点灯しているのか非常にわかりづらいという難点もありました。
それで、各自治体では省エネルギー施策のひとつとして、信号機のLED化に取り組んできて、町の中にある信号機はかなりLED化してきています。今では、街灯も結構LED化していますね。
LED化された信号機は、LEDの個々の球が1個1個つぶつぶに見えるので、すぐわかります(LED街灯はLEDの個々の球を見るとかなりまぶしいので、乳白色のカバーをつけてほしいなと個人的には思っていますが・・・)。
LEDは消費電力も小さく、寿命が40,000時間程度と格段に長いので、信号機をLED化すると、仮にずっと点灯していたとしても、4年半は持つという計算になります。しかもLEDは4年半経つと「ぷつっと」切れるわけではなく、寿命と言っているのは最初の明るさの70%に減ったときのことを言っていますので、まだまだ点灯し続けることができます。
しかし白熱電球の場合はそうはいきません。フィラメントを使っているため、それが文字通りぷつっと切れるとまったく点灯しなくなってしまいます。信号機が突然ぷつっと切れて点灯しなくなってしまうと非常に危険ですよね。交通事故や渋滞が発生してしまいます。
ですから白熱電球の場合は切れる前に十分な時間的余裕を見て、1年に1回という頻度で交換していたわけです。そうすると、1台の信号機について年1回の球の交換作業という仕事が発生し、年に3個の交換用白熱電球の需要が生じます。信号機はちょっと大きな交差点にはどこにでも付いていますから、日本国内だけでもこの交換作業は膨大な量になり、また白熱電球の大きな需要が発生していました。全国規模であるわけですからすごい量です。
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それでやっと仕事の話です。
信号機がLED化することによって球の交換作業の頻度が格段に減ります。そうすると球の交換業務のためにそれほど多くの人数が必要なくなってきます。交換業務をやっていた人の仕事がなくなってしまうというわけです。
技術が進歩すると、このようなことがいろいろな分野や業種で発生します。
たとえば運送業などでもそれは起こり得ます。今はトラック等で人が荷物を運んでいます。
ところで自動車の自動運転システムはかなり進んできていますね。高級車では“ぶつからないシステム”が実用化して実際の自動車に搭載されています。これが進むと、無人の交通システムが実現します。
また自動車側だけでなく、道路側のシステムでも研究されていますので、将来は道路や自動車を含めた自動交通システムが出来てくるでしょう。そうすると運送業に携わる人は、少なくて済むのです。
先にも書きましたが、このようなことがいろいろな業種で発生します。
そうなると人々の多くは、何を仕事にすればよいのでしょうか?
システムを管理し、メンテナンスする少数の人は必要ですからその仕事は残りますが、関連する技術を身に付けた専門の人でないとその職には就けないでしょうし、少人数でいいわけですから何よりも競争が激烈になるでしょう。
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池鯉鮒
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2013年4月30日火曜日
2種類の人々
こんにちは、池鯉鮒です。
今回は軽めにいきます。「2種類の人々」です。
2種類の人々ってなんですか?と思われるでしょう。男と女、大人と子供、お金持ちと貧乏等々・・・ではありません。その人の性向とか癖といった話です。よくある話をします。
大きく分けると2種類の人々がいますよね。食べものを食べるときに、好きなものを最初に食べる人と、いちばん最後に食べる人の2種類です。それぞれに言い分があります。
好きなものを最初に食べる人によると、
「おなかが減っているときに、一番好きなものを味わって食べるのがいいんです。後になって食べると、おなかいっぱいでせっかくの好きなおいしい食べ物を満腹状態で食べなければならないですから。」と言います。
好きなものを最後に食べる人によると、
「いやいや好きなものは後の楽しみとして取っておくのがいいんです。最後に一番の楽しみを味わってから、ごちそうさまというわけです。」
ちなみに私は、好きなものを最後に食べます。
もう一つ別な2種類の人々の例です。
携帯の液晶パネルや家電製品の表示部などに、保護用のフィルムが貼ってありますね。その保護用のフィルムをはがして使う人と、保護用フィルムを貼ったまま使う人の2種類です。あまり気にかけていないという人もいるかもしれませんが、大抵はどちらかの“派”に属すると思います。これもそれぞれの言い分を聞いてみましょう。
フィルムをはがして使う人によると、
「フィルムは運搬時などに傷がつくのを防止するための保護用のもので、使うときにははがすのが当たりまえ。第一、フィルムが貼ってあると見づらくてしょうがないです。」と言います。
一方、フィルムを貼ったまま使おうとする人の意見はこうです。
「フィルムは運搬時などに傷がつくのを防止するための保護用ですけど、使うときにも保護用として貼ったままでいいんじゃないでしょうか。そうすれば長い間傷がつかずにきれいに使えるし。」
ちなみに私はフィルムを“はがさない派”です。
どちらも、「そうそう、その通り!」という声が聞こえてきそうです。どちらもそれなりの理由がついていますが、実のところ【癖でそうしている】や【そうしないと気持ちが悪い】ということなのだと思います。私もそれほど気にはしませんが、そうしないと「どうもちょっと違うなあ・・・。」といった感はあります。
大きく分けて2種類という話をしましたが、世の中にはもっと細かく分かれてほとんど連続的といえるほど、いろいろな人がいます。いろいろな人がいるわけですから、人によって考え方ややり方が違っていても不思議ではありません。十人十色ということですね。同じ考え方・やり方ということのほうが稀なのだと思います。
同じ日本人でもこのような違いがありますが、国が変われば違いはもっと大きくなるでしょう。保護フィルムをはがす・はがさないはわかりませんが、国によって国民性というのがあります。それを表すおもしろい話(ジョーク)があります。
ある豪華客船が沈没しかかっています。いろんな国の人が乗っていて早く海に飛び込んで逃げないと助かりませんが、船が大きいこともあってみんな後込みしています。それで船長はそれぞれの国の人たちに向かって、次のように言って飛び込むように勧めます。
アメリカ人に対してはこうです。
「早く飛び込んでください。飛び込めばあなたはヒーローですよ。」
ドイツ人に対しては、
「早く飛び込んでください。これは規則ですから。」と勧めます。
日本人に対してはこう言います。
「早く飛び込んでください。周りの人はもう飛び込んでいますよ。」
他の国もあったかもしれませんが、この3つが記憶に残っています。とてもよく国民性を表していますね。日本人について言えば、周りに合わせるという日本人の性質を見事に表しています。この周りに合わせる性質ですが、主体性がないなどと言われたりしますが、必ずしも悪いことばかりではありません。
さて、また長くなってしまいそうなので、この続きは別の機会にしたいと思います。
それではまた。
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2種類の人々ってなんですか?と思われるでしょう。男と女、大人と子供、お金持ちと貧乏等々・・・ではありません。その人の性向とか癖といった話です。よくある話をします。
大きく分けると2種類の人々がいますよね。食べものを食べるときに、好きなものを最初に食べる人と、いちばん最後に食べる人の2種類です。それぞれに言い分があります。
好きなものを最初に食べる人によると、
「おなかが減っているときに、一番好きなものを味わって食べるのがいいんです。後になって食べると、おなかいっぱいでせっかくの好きなおいしい食べ物を満腹状態で食べなければならないですから。」と言います。
好きなものを最後に食べる人によると、
「いやいや好きなものは後の楽しみとして取っておくのがいいんです。最後に一番の楽しみを味わってから、ごちそうさまというわけです。」
ちなみに私は、好きなものを最後に食べます。
もう一つ別な2種類の人々の例です。
携帯の液晶パネルや家電製品の表示部などに、保護用のフィルムが貼ってありますね。その保護用のフィルムをはがして使う人と、保護用フィルムを貼ったまま使う人の2種類です。あまり気にかけていないという人もいるかもしれませんが、大抵はどちらかの“派”に属すると思います。これもそれぞれの言い分を聞いてみましょう。
フィルムをはがして使う人によると、
「フィルムは運搬時などに傷がつくのを防止するための保護用のもので、使うときにははがすのが当たりまえ。第一、フィルムが貼ってあると見づらくてしょうがないです。」と言います。
一方、フィルムを貼ったまま使おうとする人の意見はこうです。
「フィルムは運搬時などに傷がつくのを防止するための保護用ですけど、使うときにも保護用として貼ったままでいいんじゃないでしょうか。そうすれば長い間傷がつかずにきれいに使えるし。」
ちなみに私はフィルムを“はがさない派”です。
どちらも、「そうそう、その通り!」という声が聞こえてきそうです。どちらもそれなりの理由がついていますが、実のところ【癖でそうしている】や【そうしないと気持ちが悪い】ということなのだと思います。私もそれほど気にはしませんが、そうしないと「どうもちょっと違うなあ・・・。」といった感はあります。
大きく分けて2種類という話をしましたが、世の中にはもっと細かく分かれてほとんど連続的といえるほど、いろいろな人がいます。いろいろな人がいるわけですから、人によって考え方ややり方が違っていても不思議ではありません。十人十色ということですね。同じ考え方・やり方ということのほうが稀なのだと思います。
同じ日本人でもこのような違いがありますが、国が変われば違いはもっと大きくなるでしょう。保護フィルムをはがす・はがさないはわかりませんが、国によって国民性というのがあります。それを表すおもしろい話(ジョーク)があります。
ある豪華客船が沈没しかかっています。いろんな国の人が乗っていて早く海に飛び込んで逃げないと助かりませんが、船が大きいこともあってみんな後込みしています。それで船長はそれぞれの国の人たちに向かって、次のように言って飛び込むように勧めます。
アメリカ人に対してはこうです。
「早く飛び込んでください。飛び込めばあなたはヒーローですよ。」
ドイツ人に対しては、
「早く飛び込んでください。これは規則ですから。」と勧めます。
日本人に対してはこう言います。
「早く飛び込んでください。周りの人はもう飛び込んでいますよ。」
他の国もあったかもしれませんが、この3つが記憶に残っています。とてもよく国民性を表していますね。日本人について言えば、周りに合わせるという日本人の性質を見事に表しています。この周りに合わせる性質ですが、主体性がないなどと言われたりしますが、必ずしも悪いことばかりではありません。
さて、また長くなってしまいそうなので、この続きは別の機会にしたいと思います。
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2013年4月15日月曜日
夢の科学技術文明
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今回は夢の科学技術文明についての話です。
前回、理系に期待しているという話をしましたが、私は工学部に所属しておりまして工学系と言いますか、まさに理系です。
私の話をさせていただきますと、小さな頃から理系かというとたぶんそうだと思います。幼稚園の頃にさかのぼりますが(ということは50年近く前、半世紀くらい前ということになります)、その頃テレビでよく「鉄腕アトム」や「鉄人28号」というアニメを見ていました。その頃のテレビはまだ白黒テレビでした。
今思うと、「鉄人28号」は戦後日本の高度成長期的な時代背景であったように感じますが、「鉄腕アトム」の社会は、夢の科学技術が花開いた未来社会といったイメージでした。多くの人型ロボットが人間と共存している社会です。
いろいろな形の高層ビルが立ち並びハイウェイが整備されています。そこで走っている自動車は車輪が付いておらず地面から少し浮いて走っていて、排気ガスなどは出していません。「未来の世界はこんな感じなのか、いいなあ。」と感じていました。
鉄腕アトムの時代設定が、21世紀になっていましたので、私の21世紀に対するイメージが「夢の科学技術文明の時代」として、そのころから形作られてきているのだと思います。そのような科学技術に関わりたいと感じていました。子供の頃に見聞きした事は後々まで大きく影響しますね。
さて、鉄腕アトムの影響は大きくて理系への素地ができていたと思いますが、さらに追い討ちを掛けるように衝撃的影響を受けたものがあります。それは小学校2年生のときに見た映画「海底二万マイル」です。当時は小学校の体育館で話題の映画を上映・鑑賞するという授業(というよりイベント?)があり、年に何回か映画鑑賞会が行われていました。海底二万マイルはその映画の一つでした。
海底二万マイルはもともとジュールベルヌのSF小説ですが、それをもとにディズニーが映画化しています。その中に出てくる潜水艦“ノーチラス号”に衝撃を受けたのです。インターネットでたまに見かけますが、ノーチラス号フリークは結構いるようです。ノーチラス号に影響を受けて、その道(どの道?)に進んだり、自分で模型を作ってしまったりという人たちです。私もそれです。
映画に出てくるノーチラス号のネモ船長は、未知のエネルギー源を発明します。その秘密を奪おうとしたどこかの国がネモ船長の妻子を拷問で殺してしまいました。そのためにネモ船長は地上世界を嫌って海底世界を好み、ノーチラス号を建造して地上世界の軍艦を次々と沈めていくといったストーリーでした。ストーリーはそれほど細かくは覚えていませんが、ノーチラス号のデザインがとても格好よく思えて、黒っぽいボディに目玉のようなライトや船体の横に付いている舷窓から海中に光が漏れる様子などが神秘的で「あんな潜水艦がほしい」と思っていました。
船体に電流を流して襲ってくる巨大イカを撃退するなど、文字どおりシビレましたね。ノーチラス号についてはディズニーシーでのディスプレイも含めて、また別の回にでも書きたいと思います。
そういったことがきっかけで、理系まっしぐらといった方向で進んで、現在に至っているわけですが、途中経過はまた長くなってしまうため割愛します。
ところで今は21世紀です。ただ、夢の科学技術文明といった感じではありませんね。なぜか“先が見えない感”があります(この“先が見えない感”につては、忘れていなければまた別の回で書きたいと思います)。
技術的にはいろんな文明の利器が発明され、実際に発展してきています。スマートフォンなどはその典型でしょうね。ポケットに入り動画が楽しめるような端末は、昔の人が見ると夢の未来技術だと思います。
それから、まだ実現していない夢の未来技術としては、何もない空間に映像を表示する三次元立体表示装置、透明化装置(透明化装置については確かカナダの企業が光学的に不可視とするシステムを開発したというニュースが出ていましたが、軍事機密でもあり公にはされていないようです)、地面から浮いて走る車、空飛ぶ円盤、夢のエネルギー源などがあります。
このような夢の技術こそ実現させたいですね。このような技術が現実のものとなれば、すばらしい夢の科学技術文明的社会ができるのでしょう。例えばネモ船長が発明したような未知のエネルギー源があれば、エネルギーを巡っての戦争などはなくなるのでしょうね。
でも、人間は相変わらず景気の浮き沈みで一喜一憂したりしているのでしょうかね?
それではまた。
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2013年4月2日火曜日
理系待望論
今回は理系離れについて考えてみます。
理系離れ、工学系離れということが言われて久しいですが、ここでひとつの極端なネガティブシミュレーションをしてみましょう。
どんどん理系離れが進んで理系の人がいなくなってしまったと考えてみます。まあ、実際にはこれほど極端な状況はあり得ないと思いますので、ほとんどありえない仮定の上での話です。わかりやすいのでそのように仮定してみます。するとどうなるでしょうか。
例えばテレビの映りが悪くなったので直してもらおうと思っても、誰も対応できません。自動車の調子がおかしいとしても、誰も調整できません。家が停電しても誰もわかりません。そもそもそれ以前に、テレビや自動車などといったような工業製品を生産することができません。工場は完全自動化ではありませんから、人が操作したり管理したりする必要があります。将来的に工場が完全自動化されれば人が関わる場面は減りますが、それでも維持管理する少数の人(技術者)は必要です。
理系の人が全くいないというここまで極端な状況にはなりませんが、現実はこのような傾向になってきているということを意味しています。理系の人が減るということは、科学者や技術者の数が減ります。全体の数が減ってしまいます。そうすると新しい技術も生まれにくくなります。母数が大きいからこそ、すばらしい人材や技術も生まれます。
1人で考えた場合と3人で考えた場合では、どちらがよい考えが浮かぶでしょう。多くの場合は、3人で考えたほうがよい考えが浮かびます。「三人寄れば文殊の知恵」と言いますが、多くの人が関わったほうがいろいろなアイデアが出るということです。
企業の商品開発に関連する話ですが、よく「千三つ」という言い方をします。1000件のアイデアがあった場合、実際にモノになるのは3件だという意味です。500件のアイデアで3件モノにしようとしてもそれは難しいわけです。
さてここで、実際の近未来の話になります。近い将来必ず生じるのは、エネルギーの枯渇です。その多くを化石燃料に頼っている現在の文明では、石油や石炭、天然ガス、原子力などの有限な化石燃料を消費することで、熱エネルギーや電気エネルギーに換えて使っています。近年話題のシェールガスやメタンハイドレートなども、地下に眠る有限な化石燃料です。現在の文明はこのような有限な化石燃料を消費することで発展してきました。2011年3月11日の東日本大震災以降、原子力に対する方向性が見直されて自然エネルギー利用へ向かっていますが、やはり自然エネルギーではまかない切れないという意見も多く、原子力も再浮上して来つつあります。
有限な化石燃料ですから、使っていけば必ず枯渇します。世界がそのようなエネルギー枯渇時代に入っていったときにどのようなことが起きるのでしょうか。
それは1990年8月に起きた第1次湾岸戦争に見られるように、答えは明らかです。人間は自分が生きるか死ぬかといった枯渇状態に陥った場合、他人のものを奪うようになってしまいます。湾岸戦争では、イラクが隣国であるクウェートの石油資源を狙って侵攻しました。今の日本では考えにくいですが、実際にはこのようなことが起こっています。
管子にある「衣食足りて礼節を知る」は的確に人間を表しています。現代風に置き換えれば、「エネルギーと食料(食料には水も含みます)が足りてこそ礼節を知ることができる」と言えます。エネルギーや食料が足りない状況になると、礼節などと言っている場合ではなくなってしまいます。人と人なら小規模な奪い合いで済みますが、国と国でそのような状況になると、イラク侵攻のような「戦争」に発展してしまうということです。
ここでまた、理系離れの話に戻ります。今までの話はネガティブシミュレーションの結果ですが、エネルギー危機や食料危機に陥ったときに十分に予想される結果です。そのようなエネルギー危機、食料危機に陥らないようにするためには、大きな技術革新が必要です。新しい技術が必要になります。そして新しい技術を生み出すには、その技術分野に多くの人材が関わっていなければいけません。「三人寄れば文殊の知恵」や「千三つ」の例えにあるように、母数が大きくなければ突出した人材も突出したアイデアも生まれてきません。
また、資源のほとんどない日本は、技術力で世界に対してアピールしていかなければなりません。いわゆる「技術立国」です。“技術”しかも“他にはない技術”があってこそ、世界での日本の立場をはっきりさせて、世界に影響を及ぼすことも可能になるのだと思います。
ですから現在学生のみなさんは、自分が大人になったときに前に書きましたネガティブシミュレーションの結果のような世界で暮らしていきたいかどうかを考えてみてください。また自分の子供や孫にそのような世界で暮らしてほしいと考えますか?それは望まないはずです。
ここでやっと結論です。私は多くの人に理系に進んでほしいと考えています。現在学生で文系に進もうか理系に進もうか迷っている人やまだ決めていない人は、ぜひ理系に進んでください。理系に進むことを決めている人は、自信を持ってその道を進んでください。理系の人材が増えないと、将来危ないと私は危惧しています。
いきなり、長文の重たいブログになってしまいました。ここまで読んでいただいてありがとうございます。今回はこれで終わります。次回からは、もうちょっと軽めにしたいと思います。
久留米工業大学
建築・設備工学科
池鯉鮒
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2013年3月25日月曜日
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